ども、バンジージャンプが嫌いな岡田達也です。

 

 

 

 

 

一昨日のつづき。

 

これは僕の叔母が我が家にやってきたときの話。

 

 

 *

 

 

叔母・多鶴子さんに頼まれて、僕は鳥取から羽田までの航空券を予約した。

 

初めて知った株主優待券のおかげで、通常よりも1万円ほど安くチケットが買えるということで、叔母は上機嫌だった。

 

多鶴子さんが口を開いた。

 

 

「私はな、飛行機に乗る前に必ずお祈りするのよ」

 

「あぁ、めっちゃわかるわ」

 

 

 *

 

 

僕も数えきれないくらい飛行機には乗っている。

 

信じてないわけじゃないし

それどころかとある仕事のため、調布の飛行場で「ベルヌーイの定理」も聞いたし、目に見える形で揚力の実験もさせてもらったことがある。

 

だけど、

だけど、やっぱり納得がいかない。

 

なぜ、金属の塊が、空中に浮いてるのだ?

なぜ、あんなものが、600Kmものスピードで飛んでいるのだ?

 

理論に対して、気持ちが追い付かない。

 

だから、飛行機は利用するものの、そんなに好んで乗りたいとは思わない。

 

子供の頃は大好きだったけど、今は違う。

 

乗らないで済むならそれに越したことは無いと思うようになった。

 

 

 *

 

 

「私はな、飛行機に乗る前に必ずお祈りするのよ」

 

「あぁ、めっちゃわかるわ」

 

「どうか堕ちますように、って」

 

「……えっ?」

 

「どうか無事に堕ちますように、って」

 

 

僕は混乱した。

 

混乱としか言いようがない。

 

 

「……なんで?」

 

「だってな、苦しんで死ぬこともないわけでしょ? 長い闘病生活するのと、どっちが幸せよ?」

 

「いやいやいや、恐怖を感じて死ぬのなんて絶対にイヤだ。怖すぎる。俺、落ちるの嫌いなの。バンジージャンプできないし」

 

「そんなの一瞬だわいな」

 

「違う。絶対に一瞬じゃない」

 

「それになーー」

 

「?」

 

「私みたいな名も無い人間が、後世に語り継がれることになるわけよ」

 

「……」

 

「あのときの飛行機事故で亡くなった人として」

 

「……あのね」

 

「なによ?」

 

「頭は大丈夫か?」

 

「失礼な、大丈夫だわよっ!」

 

「失礼なのはそっちだろ! 今までにも飛行機事故はあったし、もちろんそれで亡くなった方たちの名前は記録されてるし、親族や関係者は語り継ぐかもしれないけど、まったく関係ない第三者が、飛行機事故で亡くなったどこの誰かもわからない人の名前を覚えたりしないよ!」

 

「……そういうもんかな?」

 

「あたりまえだ」

 

「そうか、私の名前は語り継がれないか」

 

「なに? 名を残したいの?」

 

「そりゃ、生きた証くらいは」

 

「大丈夫、あなたの人生は俺が語り継ぐ。もう、十分だ。お腹いっぱいだ。飛行機で死ぬとか、そんなラストシーンは付け足さなくていい」

 

「だけどね、飛行機が落ちるとーー」

 

「まだあんのかよっ!」

 

「航空会社から保証があると思うのよ」

 

「まぁ、ね」

 

「しんとりか(息子と娘)にわずかでもお金が残せるでしょ?」

 

「しんちゃんも、りかも、そんなお金より生きててほしいと思ってるよ」

 

「だけど、私は名前もお金も残せなかったからーー」

 

「……名前にこだわるな」

 

「残りの寿命と引き換えに(子供たちに)お金が残せるなら、こんなありがたいことは無い」

 

「いや、まぁ、その気持ちはわからなくもないけどーー」

 

「おそらくね、保証金は年齢に比例してると思うの。私はもう80歳だから、そんなに高くないと思うのよね」

 

「……」

 

「おそらく一千万くらいかな」

 

「……」

 

「でね、達也」

 

「なに?」

 

「あんたにはいろいろお世話になったし」

 

「いやいや、こちらこそ」

 

「私をANAの株主にしてくれたし」

 

「……してないし」

 

「そのうちの100万円はあんたにあげるわ」

 

「……」

 

「りかに言っておく。「一千万のうち100万円は達也に渡すように」って」

 

「いらない。びた一文いらない」

 

「あら、そう?」

 

「お金いらないから、長生きしなよ」

 

「まぁ、そうねぇ。ほとんど済ませたつもりだけど、まだ死ねないか」

 

「やること、いっぱい残ってるでしょ? 孫の世話とかさ」

 

「あとはーー」

 

「あとは?」

 

「あんたの父親の始末ね」

 

「……」

 

 

 

 

 

つづく