ども、研ぎ師岡田達也です。

 

 

 

 

 

包丁を研いでいる。

 

 

 *

 

 

「あぁ、ついにそのときが来たのね! 真柴あずきさんが「人殺し以外のすべての犯罪をやってきた男」って言ってたけど、いよいよ人の命まで狙うのね! 最低な男だわ! あんたなんか鳥取砂丘の砂の数でも数えていればいいのよ!」

 

……ちょっと落ち着きなさい

 

そして、人の話を最後まで聞きなさい。

 

 

 * *

 

 

僕は

高校生のときには

すでに包丁を研いでいた。

 

ひょっとすると中学生のときだったかもしれない。

 

細かい時期は覚えてないけど

わりと早い“研ぎデビュー”だったのは間違いない。

 

 

研ぎの師匠は母・秀子さんだった。

 

 

で……

 

くやしいのが

 

僕が自分から「やってみたい!」と言ったのか?

それとも母が「やってみる?」と誘ってくれたのか?

いくら思い出そうとしても思い出せない。

 

が、

とにかくその頃から

「包丁、研いでおいて」

と、秀子さんに言われたら

包丁を仕上げておくのが僕の仕事となった。

 

 

……おや?

 

……まてよ?

 

 

ひょっとして秀子さんは

 

「我が家の研ぎ師を早めに育てておけば、自分で研がなくていいし、後々楽ちんだわ。シメシメ」

とか考えていたのだろうか?

 

う~ん……

 

今となっては真実はわからない。

 

とにかく僕は

大学生時代の頃まで

帰省するたびに我が家の包丁を研いでいた。

 

 

でも。

 

東京に出て来てから、僕は砥石を買わなかった。

 

たぶん面倒くさかったのだろうし

 

なにより

芝居をやってるときは

料理に力を入れるのは難しい。

 

 

だから

かれこれ30年ほど研ぎをやっていなかったことになる。

 

 

 *

 

 

先週

トマトを切ってるときだった。

 

不意に包丁の切れ味が気になった。

 

トマトの皮は

包丁の切れ味を確かめる

一つの目安になる。

 

あの皮に、スーッと刃が入ると、とても気持ちいい。

 

「これでは人を刺せなーー」

 

間違えた

 

「これではトマトが上手く切れない」

 

そう思った僕は

30年ぶりに

シンクの下から砥石を引っ張り出してきた。

 

 

30年のブランクだ。

 

さすがに無理かと思ったけど

意外や意外

身体が覚えているもので

 

指先が、一定のリズムを刻んで、砥石の上を滑った。

 

「おおっ!」

 

自分でも驚いたが

包丁が生き返ってくれた。

 

 

 *

 

 

今、やたらと材料を切っている。

 

切らなくていいものまで切っている。

 

とても楽しい。

 

秀子さんが何を思って僕に研ぎを教えてくれたのかわからないが、とても感謝している。

 

 

これも

「怪我の功名」ならぬ

「ステイホーム」の功名

 

……かもしれない。

 

 

 

 

 

では、また。