ども、親切が身に沁みた岡田達也です。

 

 

 

 

 

傘は大きいほうがいい。

 

僕はビニール傘を購入するとき

必ず「70cm」のものを買う。

 

「65cm」でも若干物足りなく感じる人間で

「60cm」などは子供用だと認識している。

 

 * *

 

昨日

稽古場に向かおうとウィークリーマンションを出た。

建物を出て5歩くらい歩いたところでポツリと感じた。

 

雨か……

 

一瞬、悩んだ。

 

僕は手が傘で塞がるのが好きじゃない。

多少の雨なら傘をさすより濡れるほうを選ぶーー

そんなイギリス人気質なところがある。

 

この降りなら駅まで逃げ切ってしまおうか?

 

しかし。

天気予報を確認してないのがまずかったが

帰り道に土砂降りとかはさすがに困る。

 

仕方がない

折り畳み傘を持って行こう

 

僕はもう一度マンションの中に入ろうとした。

 

……と

 

「お兄さん、お兄さん!」

 

ん?

 

僕は後ろを振り返った。

 

ウィークリーマンションの真ん前にある

お世辞にもキレイとは言えない

小さな小さな

古びた理容室の前に

70歳過ぎの、おばさま、というか、おばあさん、というか

まぁ、とにかくお店の人らしき女性が立っていた。

 

「なんでしょう?」

 

「チャック、開いてるよ!」

 

……チャック?

 

「カバンのチャックが開いてるよ!」

 

僕は背中に背負っていたボディバッグを前に回した。

確かにファスナーが開いてる。

 

最近購入したBianchiのボディバッグ

とても気に入ってるのだけど、僕のファスナーの締め方が甘いらしく

しょっちゅう半開きになっている。

 

「ありがとうございます」

 

僕はお礼を言って、マンションに入ろうとした。

 

「お兄さん!」

 

ん?

まだ何かあるのか?

 

「これ、持っていきなさい!」

 

おばさまは、お店の前に置いてある傘立てを指さした。

傘立ての中にはギュウギュウに傘がつっこんである。

 

「雨が降ってきたからね! 傘、持っていきなさい!」

 

ありがたい

お気持ちはとてもありがたい

 

だが、僕は傘を取りにマンションに戻ろうとしている。

しかも、建物は目の前だ。

 

「ありがとうございます。でも、僕、ここに住んでるので、自分の傘を取ってきますね」

 

僕はやんわりとお断りした。

 

「いいの、いいの! これはねお客さんの忘れ物なんだから、遠慮なんかしないで!」

 

……遠慮しているわけじゃない

 

先ほど書いたとおり、手を塞ぎたくないのだ。

折り畳み傘ならバッグにしまえる。

でも、長い傘を持つと手が塞がる。

それがイヤなのだ。

 

「ありがとうございます。でも、本当にここに住んでるんですよ。すぐに取ってこれますから」

 

僕は再びやんわりとお断りした。

 

「いいから! これはねお客さんの忘れ物なんだから!」

 

……それはさっきも聞きました

 

「持って行っていいから! だってせっかくのお休みでしょ?」

 

……あ

今日は土曜日か

でも、僕は休みではなく仕事なんですけどね

 

「お休みを雨で台無しにしたくないでしょ? この傘があなたを救うわ!」

 

“あなたを救う”

その文句が面白くて、僕は笑ってしまった。

 

“僕はその傘に救われるんだ”

僕は自分の部屋に戻るのを諦めて覚悟を決めた。

 

「じゃあ、お借りします」

 

「そうよ! それでいいのよ!」

 

「今晩、お返ししますね」

 

「いいの、いいの、返さなくて! あなたにあげるんだから!」

 

……いや、僕、貴方の目の前のマンションに帰ってくるんですけど

 

ま、いっか

ここで強引に断っても良いことないかも

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

僕の言葉を聞いて

おばさまは嬉しそうに傘を選び始めた。

 

「これがキレイね! これを持っていきなさい!」

 

そういって一本のビニール傘を渡してくれた。

 

その傘はたしかにキレイではあったけど

あからさまに短い

なんなら60cmにも満たない

小さな小さな傘だった

 

なんてこった

 

僕は、再び笑った。

 

「お借りします」

 

そう言って頭を下げると

おばさまは手を振って見送ってくれた。

 

さらに

店の中にいた旦那さんらしき人が僕に向かって

「それでいいんだよ」

というような満足げな表情で頷いていた。

 

 *

 

昨日の帰り。

僕は、電気の消えた、お店の前の傘立てに、傘を戻した。

 

 

今日会えたらお礼を言おう。

 

 

 

 

 

では、また。