ども、5話目の岡田達也です。
昨日のつづき
*
僕は動揺していたのだと思う。
いや……
動揺ではなく、あれは放心だったかもしれない。
あのままパチンコ屋の中にいて父・隆夫さんを問い詰めていたら、確実に殺人事件が起きていたはずだ。
それを回避するためにも店を出たのだが……
僕は、そのまま車に乗り、家に帰ってしまった。
やはり放心状態だったんだろう。
普段ならわりと冷静で次の一手を考える人間なのだが
そういう「客観的思考」はすべて停止し
「ばーか、ばーか、ばーか、ばーか」
という、父に対する「子供のような主観」だけが僕の頭の中を支配していた。
帰宅してーー
あっ
そうだ
警察に行こう
警察に行かなきゃ
そりゃ、8万もの大金が届いているかどうかはわからない
ネコババされている可能性だってある
だけど、心優しい人が拾ってくれている可能性だってあるじゃないか
何やってるんだよ、自分
しっかりしろよ、自分
こういうとき、まずは警察だろう……
*
警察官がみんなそうだとは言わない。
たまたまだったのかもしれない。
僕は鳥取駅前の交番に入った。
“おまわりさん”ではなく、スーツを着た“相談員”と名乗る男性が僕の相手をしてくれた。
この人が、まぁ、怖いのだ。
「どうしました?」
と尋ねられ
「実はお金を落としましてーー」
と答えた瞬間、相談員さんの眼光が光った
……ように見えた。
実際、口調は最初からかなりキツめだ。
言葉遣いは丁寧だけど、とても威圧感があって、まるで取り調べを受けているようだった。
実際、あれは取り調べだった。
*
「お金ですか?」
「はい」
「財布ではなくお金ですか?」
「裸のお金です」
「いくらですか?」
「8万円です」
「あなたのですか?」
「いえ、僕の父のものです」
「現場は何処ですか?」
「駅裏のローソンから、パチンコ屋までの10mほどの間だと思われます」
「時間は何時くらいですか?」
「9時15分から9時30分の間です」
相談員さんは、隣りにいた若いお巡りさんと目配せした。
思いっきり鋭い眼光で。
まるで刑事ドラマを生で見ているようだった。
……なんだろう、この違和感?
僕はこのまま捕まってしまうのだろうか?
何も悪いことはしていないのに。
落とし物を探しに来ただけなのに。
確かに劇団では犯罪者扱いされることが多いけど、今のとこ前科は無い。
「あなたのお金ではないのに、なぜ8万円と言い切れるのですか?」
「父を郵便局まで送って、そこで彼は10万円降ろしました。そして僕が車でパチンコ屋まで連れて行って別れました。その後すぐに父から電話がかかってきて「10万円、車の中に落ちてないか?」と訊かれました。僕が後部座席を確認したところ、2万円見つかりました。そして父を降ろした所からお店までを探しましたが見つかりませんでした」
「なぜ、お父さんではなく、あなたがここに来てるんですか?」
……言えない
「すでに諦めてパチンコに興じてるんで」
なんて本当のことは、口が裂けても言えない。
「ち、父は高齢でして。そ、その、落としたショックで、まぁ、なんというか、座りこんでいると言いますかーー」
正しいのは「座っている」という部分だけだ。
しかし、それは自宅ではなくパチンコ屋だけど。
相談員さんはしどろもどろの僕を睨んだ。
そして口を開いた。
「届いてますよ、8万円」
つづく