ども、4話目の岡田達也です。
昨日のつづき。
*
僕のような、普段は“のほほん”と生きている人間でも、恐ろしく速く頭が回転することがある。
例えば。
朝、目が覚めて時計を見たら遅刻しそうだったとき。
このときほど、自分の頭がすばやく回転することはない。
だが。
「いや、10万円落ちてないか?」
この言葉を聞いたときの僕の頭の中は、これまでの人生で経験したこと無いくらいスピードで回転し始めた。
いや、速いを通り越していたかもしれない。
しょせん「光速」は1秒間に地球を7周半しかできないではないか。
あのときの僕の思考は「音速」も「光速」も超えて、1秒間に地球を100周ほどしていたはずだ。
おまけに
背筋が凍りつくのを感じながら……
・父が郵便局で下ろした金額はおそらく10万円だったのだろう
・そして父は、そのお金が車の中に落ちてないか?と言ってきた
・後部座席に1万円が落ちているということは、お金を落としたことは残念ながら事実のようだ
・僕が父を車から降ろして3分しか経過していない
・ということは、その、わずか3分の間に落としたものと推測される
・だが、希望的観測に基づくなら、1万円だけ落としたのであって、9万円は彼がいつも持ち歩いているポーチの中、あるいはポケットにしまってあるのかもしれない
・つまり、父の勘違いである
・そうあってほしい
・いや、そうあってくれ
・お願いです、神さま
・いい子にしますから
この間、わずか0,00001秒。
僕は再びUターンしてパチンコ屋に向かった。
・とにかく父の勘違いであることを祈ろう
・それに、まだ3分しか経ってないじゃないか
・もしも落としたのが事実だとしても、ひょっとしたら父を降ろしたポイントで9万円が見つかるかもしれないし
・それは望み薄だけど
・諦めるな、自分
・急ぐんだ、自分
・きっと大丈夫だ
そんなふうに自分を励まさなければ、何かが壊れてしまいそうだった。
*
ローソンの前まで戻ってきた。
僕は車を止め、運転席を降り、左後方席のスライドドアを開けた。
と……
スライドドアの隙間からさらに1万円が出てきた。
ってことは車内の中に落ちてる可能性も高い。
僕は後部座席のありとあらゆるところを探し回った。
ない
ない
ない
どこにもない
僕の手元には合計2万円。
ってことは、道に落としたか、勘違いか……
僕はローソンからパチンコ屋までの道をくまなく見て回った。
文字通り「這いつくばるように」して。
だが
ない
ない
ない
どこにもない
僕はパチンコ屋に到着した。
お店に入り、すぐに父を見つけた。
あろうことか、父はすでに椅子に座って銀玉を弾いていた。
*
もしも、あなたが、10万円落としたら、何分で、諦めがつくだろう?
*
僕は2万円を差し出しながら聞いた。
「まさかとは思うけど、10万円落としたの?」
さすがにバツが悪いのか、父は手を止めて、申し訳無さそうな表情を見せた。
「そうみたいだなぁ」
周りで打っていたおじさんたちが、一斉にこっちを振り向いた。
そりゃそうだろう。
僕の体から発散されているオーラは
老人をカツアゲしているチンピラか
もしくは
老人をいたぶるただの借金取りにしか見えなかったはずだ。
僕は周りの視線などお構いなしに取り調べを続けた。
「ポーチの中は?」
「いや、そこにはない。だって(ズボンの左ポケットを触りながら)間違いなくここに入れたはずだ」
あなたに反論する権利は無い。
「いいから、ポーチの中を確認してくれ」
「……ないな」
「胸ポケットは」
「……ないな」
僕は全身の力が抜けていくのを感じた。
「ってことはやっぱり落としたのか」
父は僕以上の楽天家だった。
「でも、2万円は見つかったな」
おいおいおいおい
おいおいおいおい
なんだ、その発言は?
「世の中は悪いやつがいっぱいおるけなぁ。さすがに戻ってこんだろうなぁ」
もしもしもしもし
もしもしもしもし
本当にそれで良いのか?
しかし。
財布ならまだしも、裸のお金なんて、ネコババされても文句の言いようがない。
だって
誰の持ち物かなんて証明できないし……
僕は、それ以上その場にいたら、自分が何か大きな過ちを犯してしまうかもしれないと思い、冷静になるために店を出た。
つづく