ども、マスカラス・ブラザーズのファンだった岡田達也です。

 

 

 

昭和のプロレスをご存じない方にはわからない話で申し訳ない。

 

 *

 

『黒い呪術師』こと

アブドーラ・ザ・ブッチャーが、一昨日、引退したらしい。

 

(2月19日 ジャイアント馬場没20年追善興行より 両国国技館)

 

すごい……

まだ現役だったんだ

今、78歳だぞ

 

 *

 

僕が小学4年生の冬

テレビで大好きなプロレスを見ていたら、信じられない光景が映し出された。

 

ブッチャーが!

フォークを振り上げ!

テリー・ファンクの腕に!

突き刺しているではないか!

 

い、

い、

いっっってえええええっっっっっ!!!!!

 

ウソだろ!

なんで!

どうして!

人の腕にフォークが刺さっているの?????

 

テリー!

頼む!

逃げてくれ!

血だらけじゃないか!

 

僕は心臓をバクバクさせながら、この試合を見ていた。

 

結果

ブッチャーと

そしてコンビを組んでいた

『アラビアの怪人』ことザ・シークのことが大嫌いになった。

 

……いや

嫌いというか、本気で怖かったのだ。

 

当たり前だ

 

腕にフォーク刺すし

口から火を噴くし

リングシューズの先は魔法のランプみたいに曲がってるし

 

10歳の子供には刺激が強すぎるだろ

 

 *

 

2年後。

 

鳥取市民体育館に全日本プロレスがやってきた。

父・隆夫さんも格闘技は大好きなので、プロレスが鳥取に来るたびに必ず連れて行ってくれた。

 

その日も試合を楽しんで、僕は上機嫌だった。

(内容はさっぱり覚えていないが)

 

試合が終わり、体育館を出て、隣接されている駐車場を横切ろうとしたときだった。

 

黒い大きな塊が

目の前を歩いていた。

 

ノシノシノシ

 

おおおっっっ!!!!!

ブ、ブッチャーだ!!!!!

本物だよぉぉぉぉぉ!!!!!

 

な、なんというデカさ!

これが果たして人なのか?

 

こ、こいつ

葉巻なんかくわえやがって!

 

いいか!

よく聞け!

 

俺はオマエに言いたいことがあるんだよ!

 

「よくもテリー・ファンクにフォークを突き刺しやがったな!」

 

それからな

 

「よくも僕の大好きなミル・マスカラスの仮面をはぎやがったな!」

 

この2つをオマエに言いたいんだよ!!!!!

 

 

だけど……

言葉にできなかった

言えなかった

 

だって

怖すぎるんだもん

 

僕はただ通り過ぎる黒い塊を見ているしかなかった。

 

……と

 

ブッチャーが

僕に気付いて

ニヤリと笑い

こう言った。

 

「ヘイ ボーイ グッナイ!」

 

そして彼はバスに乗り込んだ。

 

 *

 

それは彼のサービス精神だ。

今にして思えば貴重な体験だ。

とてもありがたい。

 

しかし

当時の僕は混乱した。

 

なぜ?

どうして?

 

こんなに悪いやつが、僕に向かって笑いかけたぞ

そして「グッナイ」と言った

 

……これは一体

……どういうことだ?

 

わからない

何もわからない

 

僕の小さな脳みそはパンクしそうだった。

 

「お父さん、なんでブッチャーが笑ったの? 悪い人だよね?」

 

隆夫さんは言った。

 

「それがプロレスだ」

 

 *

 

僕はその言葉の意味を理解するのに

それから数年を要した。

 

が、あのときの父のセリフは名言だったと今でも思っている。

 

 

 

では、また。