ども、注射は苦手な岡田達也です。

 

 

 

アトムが来た日』の稽古場で

森下亮くんがみんなに呼びかけた。

「インフルエンザの予防接種は早めに済ませましょう」

 

時代は……

進んでいる。

 

昔はそんなことなかったけど

今は舞台俳優がインフルエンザにかかれば

「公演中止」という恐ろしい事態が待っている。

 

想像しただけで冷や汗が出る。

いや、冷や汗が出るどころではない。

涙も、鼻水も出そうだし

ついでに

おもらししてしまうだろうし

血便も出そうだ。

 

だから注射は大嫌いだけど

頑張って気持ちを奮い立たせ

毎年お世話になっている近所のクリニックに行った。

 

 *

 

K先生が注射針を準備しながら言った。

「この注射器ね、針がすごく細いんだよ。だから全然痛くないよ。刺さったかどうかもわからないと思う(ニヤリ)」

 

先生が腕に針を刺した。

 

僕の左腕には“チクッとした痛み”がキッチリ伝わってきた。

 

「どう? 痛くないでしょう?(ニヤリ)」

 

そう言えば……

去年もK先生はまったく同じ話をしていたなぁ

ってことは、この細い注射針は先生の自慢なのだ。

ここは先生の気持ちをダウンさせてはいけない。

 

「はい、痛くないです」

 

「そうでしょう」

K先生は満足そうに注射を終えた。

 

そして。

先生はタイマーのスイッチを入れた。

 

これ、確か去年から採用されたルールだと思うけど……

予防接種が終わった後

病院内で20分間安静にしてからでないと解放されなくなった。

 

何もしない20分は僕にとってはけっこう長い。

 

僕は尋ねた。

「なんで安静にする必要があるんですか?」

 

「ごくまれに、だけどね、ショック症状が出るんだよ」

 

「ショック症状?」

 

「ハチに刺されて死ぬ人いるでしょ? ニュースで見たことない?」

 

「あぁ、ありますね」

 

「あれと同じ」

 

わかるような、わからないような……

いわゆるアナフィラキシーショックってやつだろうか?

 

「まぁ、症状が出るのは1万人に1人の割り合いなんだけどね(笑)」

 

「はぁ」

 

「キミ、そのうちの1人になりたい?」

 

そんなものなりたいわけない

 

「じゃ休んでいって」

 

「わかりました」

 

「それからーー」

 

「?」

 

「ここを出た後、ハチに刺されないようにね(笑)」

 

ここで、ハッキリ思い出した。

 

僕は去年も同じ質問をし

先生は同じ答えをし

そして最後にこう言ったのだった。

 

「ここを出た後、ハチに刺されないようにね(笑)」

 

恐ろしい

なんと恐ろしい

自分の記憶の欠落具合……

 

この会話を思い出しただけでもまだマシと言えるのか?

僕は来年も同じ質問をするのだろうか?

 

僕はインフルエンザより

記憶力の低下を防ぐ注射を打ちたい。

 

 

 

では、また。