ども、メモリの増設を希望する岡田達也です。
演出家にはいろんなタイプがいる。
例えば……
セリフ覚えに関しても厳しい人と、そうじゃない人がいる。
「一言一句間違えないで覚えてほしい」
「句読点も覚えてほしい」
という人から
「意味さえあっていればなんでも良い」
「言いやすいように変えてくれていい」
という人まで様々だ。
*
昔、成井さんは厳しかった。
「一言一句」の人だった。
『アローン・アゲイン』(1994年)というお芝居の稽古中のこと。
「全力でやらなければ親分に殺される」という強迫観念から
全身の毛穴を開き
ついでに瞳孔も開き
おしっこちびりそうになりながら
なんとか必死でやった。
やりきった。
……はずだった。
「おい、岡田達也」
「はいっ!」
「何でオマエごときが台本を間違えて覚えてるんだよ?」
「……え?」
このときの僕の頭の中のパニックは今でも忘れられない。
そんなはずはない!
間違ってるはずはない!
当時の僕は記憶力だけは自信があった。
覚えるのも早かったし、正確さにも自信があった。
演技はできないけど、だからこそ、せめて台本だけは正確に覚えようと努めていた。
……はずだった。
「次、間違えたら、ケツの穴から手を突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ」
(正確には全然違うことを言われたのだが、それを書くと涙が出ちゃうので、このようなことを言われたと思っていただきたい)
「!!!!!」
僕は慌てて台本を読み直した。
ざっと流し読みしたが、やはり間違っている部分はない。
どうしよう、どうしよう……
そうこうしているうちに二度目の小返しが始まった。
結果から言うと僕の奥歯は揺らされないですんだ。
休憩時間に演出助手の子が近寄ってきて教えてくれた。
「達也さん、最初は「てにをは」を間違えてました。一箇所だけですけど」
*
「てにをは」
日本語の最も難しい部分である格助詞。
「私は岡田達也です」
「私が岡田達也です」
「私はパチンコ屋に行った」
「私はパチンコ屋へ行った」
どちらも成立はするのだが意味合いが違ってくる。
似て非なるものだ。
だからこそ正確に覚えなくてはいけない。
さすがに成井さんは元・国語教師。
見逃してくれるはずもない。
*
今、あれほど正確だった僕の記憶力は遠い過去の栄光となった。
稽古するたびに違うことを言ったりしてしまう。
が、今の成井さんはそんなに厳しく注文をださない。
一文字間違えたからといって奥歯を揺らすぞとか言わなくなった。
だけど……
あの時代に育てられたのだ。
間違えると、勝手に緊張感が走る自分がいる。
背筋が寒くなる。
きっとこれは死ぬまで続くんだろう。
まぁ、それでいい。
それこそが成井塾の塾生である証なのだから。
*
演劇をやりたいと思っている若い方へ
どうぞ、台本は正確に覚えるようにしてくださいね。
では、また。