ども、今日はバラシに向かう岡田達也です。
『嵐になるまで待って』
学校貸し切り公演の仕込みに出かけた。
吉川純広くんに「その年齢でまだ仕込みやってるんですか!?」と驚かれたが、逆に言うと仕込みが好きだ。
いくつになってもやっていたいと思う。
腰が悪いから重いものは持ちたくないし
(じゃあやめとけよ)
目が悪くなってきたから暗いところでの作業は厳しいし
(今でも視力は1,5ある。なのにあの老眼というやつのせいで暗いと見えない。不思議だ)
元々頭が悪いので小難しい作業はできないし
(やかましいわ)
仕込みだと小多田直樹が大きな顔をして僕に指示するからイラッとする。
(あいつにだけは指図されたくない)
それでも、
何も無い、シーンとした舞台の上に、
徐々にセットが立ち上がっていく姿を見るのは、
何とも言えない高揚感がある。
これは仕込みに携わっている者の特権だ。
それと。
不思議なもので、一から立ち上がるセットの中に身を置いていると、身体が舞台美術に馴染んでいく。
……ように感じられるのだ。
僕にはこれが大きい。
*
客演で出演すると、よほどのことがない限り仕込には参加しない。
劇場に入るとセットは立ち上がっている。
あとはそこで芝居をすれば良いだけだ。
それはとても楽チンだし、ありがたいし、普通はそういうものなんだけど、仕込みから携わった場合とは「自分にとっての居住性」が圧倒的に違う。
舞台の上は緊張する。
絶対に緊張する。
否が応でも緊張する。
少なくとも僕はリラックスして立てる人間じゃない。
だからできる限り自分の身体と心を「場ならし」させておきたい。
そのためにも仕込みは大切な時間だったりする。
*
さぁ、身体は馴染んだ。
いつでも出動できそうだ。
誰か私に長くて鋭くて折れない傘をください。
鍛治本大樹を倒して岡内美喜子の弟になりすましますよ。
……え?
おっさんは邪魔だって?
「死んでしまえ」
では、また。
余談
いろんな俳優さんが「空っぽの舞台から見た、空っぽの客席の写真」を載せるでしょ?
あれがね、なんか良いんですよ。
とてもステキなんですよ。
僕は面倒くさがり屋なのであんまり写真を撮らないけど。
仕込みが始まる前
バラシが終わったあと
ボーッと眺めるのが好きなんです。