ども、嵐ではなく晴れ間を待つ岡田達也です。
昨日の続き。
『嵐になるまで待って』の再演が決まり稽古した。
たくさん稽古した。
……はずなんだけど、実は稽古のときの記憶がまったくない。
本番のことはよく覚えているんだけど、稽古のことは何も思い出せない。
*
公演の初日は新神戸オリエンタル劇場だった。
この日の広瀬教授は細見大輔(OB)だった。
「前説五郎」こと加藤社長の前説が始まった。
新神戸オリエンタル劇場の楽屋から舞台に向かうと上手の袖に着く。
上手側から出る出演者はそこにスタンバイし
下手側から出る出演者は舞台セットの裏側を通っていく。
僕は上手側にいた。
そして……
僕は緊張していた。
とても
とても
当たり前だ。
どんな芝居の初日でも緊張はする。
さらに「あの役をやらせてください!」なんて、当時では考えられない暴挙に出たのだ。
これで下手な芝居を打ったら僕は本当に成井さんに殺される。
だからやるしかない。
それはわかっているのだけど……
心臓の鼓動が速すぎて舞台に立つ前に死んでしまいそうだ。
劇中に「死んでしまえ!」というセリフを言うのだが、あやうく「死んでしまう!」と自分に言いそうな状態だった。
前説が終わりに近づいていく。
五郎が注意事項が言い始めた。
僕は上手袖から立ち上がり
舞台セットに近付き
自分が登場する場所にスタンバイした。
心臓のバクバクが強すぎたのか手が震え始めた。
反対の手で震えを抑えようとするのだけど止まらない。
「あぁ、なんでこんな思いしてまで芝居なんかやってるんだろ?」と思ったときだった。
フト上手の袖を振り返った。
薄暗い袖明かりの中に人が立っていた。
西川さんだった。
西川さんは次の日に神戸入りすると聞いていた。
仕事がまいたのか、急いで来たのかわからないが
とにかく、いるはずのない西川さんが立っていたのだ。
僕は、驚いた。
そして、何か、しゃべりたかった。
何でもいい。
自分の緊張がマックスになっている今、バカ話でも、「あれ?間に合ったんですか?」の一言でもいい。
普段通りの、いつも通りの、日常会話に逃げ込みたかった。
だけど……
もう前説は終わろうとしてて、袖に戻るほどの時間はない。
距離にしてたったの5mほどなのに。
西川さんと目が合った。
「ただ今より開演します!」
五郎の最後の一言が発せられた。
客席から拍手が起こった。
照明が暗くなり始めた。
と。
西川さんは、ゆっくり、僕を見たまま、二度、頷いてくれた。
僕にはそれが「大丈夫、大丈夫」という声に聞こえた。
暗転になり、僕は舞台に出ていった。
気が付けば震えは止まっていた。
『 the riddle』が流れ始めた。
*
「長い時間を使ってそれだけかい!」と言われそうだが、書きたかったのはこれだけだ。
あのとき、いるはずのない西川さんがいたこと
ギリギリで舞台袖まで来てくれたこと
頷いてもらえたこと
これも一生忘れられない思い出の一つ。
* *
『嫌われ松子の一生』の稽古と丸被りで、観に行くこともできないかと半分以上諦めていたが、なんとか千穐楽に顔が出せそうだ。
とても楽しみにしている自分がいる。
『 the riddle』が流れたらゾワッとするんだろうな。
では、また。