ども、煮物男こと岡田達也です。



後輩の小多田直樹と飲んだ。
「味の嗜好は年齢と共に変わる」という話になった。
本当にそう思う。

小多田は若い頃、食卓に並んでいるのが煮物だけだと「今日はメインのおかずがないな~」と思ってテンションが下がったそうだ。

わかる。
とてもわかる。

焼き肉か、から揚げか、焼き魚か、お刺身か……
とにかく若いうちは“メインディッシュに値する何かしら派手な品”が欲しい。
僕もそうだった。

ところが。
高校卒業と同時に実家を離れて数年。
帰省の連絡を入れると母親が必ず訊ねてくれる「何が食べたい?」という質問に「筑前煮(がめ煮)」と答えるようになった。
初めのうちは「え?煮物で良いの?」と念を押されたりした。

いい。
それでいい。
それが食べたいのだ。

いつでも判を押したように「筑前煮」と答えてるウチに何も言わなくても用意されているようになった。
たぶん30歳を超えた辺りからそうだったと思う。
小多田も同じように実家で食べる煮物の美味しさに気付いたらしい。

たまに変化を付けようと思って、何が食べたいかじっくり考えて「タケノコ」や「里芋」をリクエストしたことがある。
「結局、煮物じゃない」と笑われた。
あぁ、本当だ。


そして、不思議なのが……
どう挑戦してもあの味にならないのだ。
レシピを訊いてコピーしてみたこともあるがそれでもしっくりこない。
本人の目の前で指導を受けながら作ってみたこともある。
それでも何かが違う。
これが世間で言うところの「母親の愛情」ということになるのだろうか?

ひょっとすると。
「嗜好が変わってきてる」だけじゃなくて、自分では再現できない味だから、余計に食べたくなるのかな、とも思う。
実家暮らしで母親の料理を食べられる人がとてもうらやましい。

そうだ!
今度、小多田と『煮物研究会』を発足してみよう!
お互いの母親の味を再現するのだ!

……絶対に無理だろうな。



では、また。