ども、飲み倒した岡田達也です。



「いつの日かたっちゃんの快気祝いしてやるよ」

快気祝いと言っても大病を患ったわけではない。
ご存じのように、去年の夏、尿酸値が飛び出してしまい
4ヶ月かけて正常値に戻したというだけのことだ。
(お恥ずかしいが、飲み過ぎ以外の何ものでもない)
そこで上の言葉をかけてくれたのは
我らがリーダー、西川浩幸だ。

僕は、そのチャンスを、首を長くして、待っていた。

40歳も過ぎて先輩に甘えるのもどうかという意見はもっともだ。
だが、それでも頼りにできるときは頼った方が良い、というのが僕の持論だ。
(先輩のスネをしゃぶりたいだけじゃないのか?)

そして昨日、やっとその機会が巡ってきた。

行き付けの立ち食い寿司やさんで
美味い寿司を食べ
馬鹿話に花を咲かせ
先輩にツッコミを入れる。
単にそれだけのことなのだけど
なんて気持ちの良い時間なんだろう
そんなふうにしみじみ思った。

あくまでも西川さんは
キャラメルボックスの屋台骨を創世記から支え続けている大看板であり
途中から参加した僕にとってはずっと目の前を走り続ける大先輩である。
そんなすごい人に追いつける日はきっと来ないし
そもそもあの人は俳優になるために生まれたような人だ。
サラリーマン気質の僕とは根本的にそこが違う。

だけど。
僕が入団してから20年が経ち
それだけの時間を、共に、戦い、笑い、泣き、そんなふうに歩んできた。
それは苦しい時間だった。
楽しいことも沢山あったけど
やっぱり辛いことの方が圧倒的に多かった。
それを一緒に乗り越えてきたからこそ
何かしら、共通の思い、というのがある。
例えるなら「戦友同士の友情」といったところか。

どういうわけか快気祝いにくっついてきた小多田と鍛治本に
西川さんは古い時代の苦労話を聞かせながらこう言った。
「でもね、オレもたっちゃんも昔は大変だったって自慢したいんじゃないんだ。
こんな苦労があったってことを後輩に聞かせたときに君たちに笑って欲しいんだ」

感銘。
同感。

勝手だけど「この人の後輩で良かった」と思えた瞬間だった。
僕もただの苦労話なんて聞かせたくもない。
それが笑い話にならないのならしゃべる必要などない。
さすがに同じ時間を過ごしてきた人の思いだ。

そんな気持ちの良い時間だったために
3軒ものハシゴで引きずり回し女子サッカーの始まる前に解散した。
(だとすると何時から飲んでたんだよ?)

あー、楽しかった。

あ。
酔っぱらってたから割り勘にしちゃった。
しゃぶり損ねた。
失敗したぜ。



では、また。