トルネコダイバーシティ | ドラクエ好きに悪い人はいない

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ドラクエから人生を哲学するブログ
ネタバレには全く配慮していませんのでご注意ください!

ドラクエ4って、やったことあります?

 

サブタイトルが「導かれし者たち」、

第1~5章まで分かれてるオムニバス形式で

それぞれ主人公が違うんですけど。

 

1~4章まではそれぞれが旅立ちを決意するまでの話で、

5章でやっと勇者が出て来て、

それまでバラバラだった物語が

「地獄の帝王(エスターク、その後デスピサロ)を倒す」という

大いなる使命に導かれ、勇者の元に1つになり

一緒に旅をする様になるんです。

 

最後、ライアンが入ってメンバー全員揃った時に

フィールドの音楽が「馬車のマーチ」という

力強い曲に変わる様は圧巻です。大好きです。

 

 

さてここで、「てか、そもそもみんなどういう目的だっけ…?」

とお忘れの方のために

7人の大いなる使命を振り返ってみたいと思うのですが

(簡略化で色々端折ってるのはご容赦ください)

 

 

1章 ライアン:王宮戦士として生まれ、勇者を探し出して守る為の旅に出る

 

2章 アリーナ・クリフト・ブライ:アリーナの父(サントハイムの国王)が

 地獄の帝王の復活地を予知夢で見たことで、国中の住民ごと消された

 

3章 トルネコ:武器商人として、伝説の武器(天空の剣)をこの目で見たい

 

4章 マーニャ・ミネア:錬金術師の父が「進化の秘宝」を発見してしまったことで

 殺された敵討ちと、「進化の秘宝」によって暴走する魔族を止めるため

 

 

個人的には4章が一番好きですけどね、

みんなそれぞれ使命があって……ていうか、

 

 

皆さんは、違和感感じませんか?

 

 

1人、ベクトル違いませんか?

 

 

 

そう、トルネコです。

 

 

↑トルネコ。奥さん美人、子持ち。

 

 

 

トルネコの理由だけ、

 

圧倒的に浅くないですか?

 

 

みんな、誰かを守るためとか敵討ちのためとか、

旅立たなくてはならない使命を持っているのに

 

 

トルネコの理由、完全に個人の趣味じゃん。

 

 

ただの、武器ヲタじゃん。

 

 

 

当時の私は、このことに大変イラついており

トルネコに仲間にしてください!って言われた時「はあ?」とか思って

「いいえ」を10回くらい選択したんですけど

10回全部食い下がられてストーリー進まないので仕方なく仲間にしたんですが

 

戦闘中でもすぐすっころんで

ただの色物キャラで全然役に立たないし、

ていうか唯一役立ちそうな鉄の金庫をお前は一体どこ置いてきたんだ、

自分1人じゃ剣を見つけにいける戦闘力ないから(3章も金で傭兵を雇う始末)

完全にこっちにフリーライドしてるだけじゃねえか、

てかそもそも3章なんなんだよ。金増やすというただの作業ゲー、

面倒臭いし全く面白くないしいらんやろこの章、と

 

世界樹の頂上で、天空の剣見つけた時

剣を手に入れた喜びよりも真っ先に、私は思いました。

 

「トルネコ、もういらなくね?」

 

世界樹はまだしも、天空城で封印解放して

天空の剣の本来の力が発揮された時点で、

もう、いいだろお前と。

目的達成しただろ、お前元々デスピサロとかどうでもいいだろ、

今すぐ降りろ、常にお前がいることで無駄にスペース食って狭くなってる

その馬車から降りろ!ほら!と心で叫び続けていたのですが

 

 

しかし、今になって思うことは

 

当時の私の頬を引っぱたきたい気持ちでいっぱいといいますか、

 

 

トルネコを邪魔だと思う、私の心こそが

 

貧しかったんじゃないのかと。

 

 

 

トルネコ、その後めっちゃ活躍してるんですよね。

 

病的な探究心と収集心が買われて

「トルネコの大冒険・不思議のダンジョン」とか1人でタイトル持つまでになって、

爆発的ヒットでみんなむちゃくちゃ夢中になってやり込んだし

「ドラクエは知らないけど、トルネコは何か見たことある」って

人も多いんじゃないでしょうか。

 

てか、今にして思えば

「伝説の武器が見たい」というその情熱だけで

慈善事業で自分の資金でトンネル開通させるとか、

自分に戦闘力がないことをちゃんと分かっていて

でも金ならあるから傭兵雇ったりとか。

 

とにかく自分のやりたいことが明確で、

目標を達成する上で、自分の強み・弱みをきちんと理解し

自分が弱い部分はうまく人を巻き込んで助けて貰う。

実現のために具体的に行動していくことができる。

 

最終的に勇者に強引についていったことで

ちゃんと目標も達成してるし、素晴らしき起業家精神。

そりゃ金持ちになりますよ、この人。

 

 

とにかく、後から振り返れば

ドラクエ4のOBOGで一番活躍してるといっても過言じゃない。

世界が平和になった直後、勇者は絶対路頭に迷うけれど

現実的に一番助けてくれそうなのは

自分の店を持ち商才もあるトルネコな気がするし。

 

長い目で見れば、あの時多少イラついても

仲間にしておいて良かったよね、という感じです。

 

 

 

年々思うけれど「多様性」って

ありふれた言葉だけれど、ほんとにほんとに大事だと思っていて。

 

色んな人が居た方が、色んな可能性が生まれるんですよね。

 

 

トルネコだって、ああいう使いやすい色物キャラが居たから

RPGからアクションRPGという分野に広がって、

今までのドラクエ層以外のファン獲得に成功した訳で。

その流れは今も「ドラゴンクエストヒーローズ」とかに繋がっていってる。

 

単一分野・単一顧客だけ(RPGだけ強い、みたいな)って

シャープ社みたいに何かの事業環境の変化があった時に大コケするから、

ざっくり言ってしまえば

色々な分野を持っていた方が、いざ不況とか時代の変化の時には強い。

投資も「卵は一つのカゴに盛るな(そのカゴを落とした時に全部割れるから)」

→複数の商品に投資して、リスクを分散させた方がいい

というのが通例ではあって。

 

 

「多様性」の話で一番分かりやすい例だと

現実社会じゃ「女性活躍」が挙げられると思いますけれど

 

 

最近こんな記事を読んだのですが。↓

 

Point of View 第64回 中野円佳 ”時短の罠”の原因と対策

労働時報の人事ポータル「Jin-Jour」2016/6/10参照)

 

要約すると、出産後の女性にとって

時短か・フルスロットルかの0か100かしかない為に

二の足を踏んでキャリアを積みにくくなってしまうと。

これはもう、本当にこの通りだと思っていて。

 

この記事は、人事の方向けに書かれているので

制度とマネジメントを整えましょう、という趣旨だけれど。

 

どっちを先に変えていくかっていったら鶏と卵なのだけれど

ハード面で「制度」だけ整ってても、駄目だと思っていて。

問題は、現場の心の持ち方っていうソフト面もかなりでかい気がしてます。

 

 

私、前職はメーカーに勤めていたんですが。

その会社でも、昨今の時代の流れで

「女性の管理職の割合を増やさなきゃいけない」っていう命題があって、

部署の上の方の人たちは、もっともっと上の方から

女性の営業を誰か管理職に育てろ、っていうミッションを受けてて

ずっと誰にするかを探してた。

 

だけど、お客様がゼネコン相手の商材なこともあって

部署もとにかく泥臭い昔ながらの男社会・体育会系気質で、

それこそ0か100かの働き方しか認められない様な雰囲気があって。

 

統括部長が何の悪気もなく、言うんです。

「俺は○○さんがいいと思ってて、せっかく偉くしてやるって言ってたのに

 あいつは結婚して子供産んで、離脱しちゃったんだよな。

 (※離脱っていっても産休であって辞めてない)

 この仕事は女には無理だと思ってるよ、俺は。

 まあでも、岡田さんは違うかもしれないけどね?」

 

などと、暗に「結婚して産休入ったりしないよね?

 なら偉くすることを考えるけど?」というのを探られたりとか。

 

やり手の営業部長も、

結婚して産休入ったら次は企画職として復帰したいーーという

別の女性営業のことを

「やる気ないんなら、辞めちまえばいいのに」って

これも本当に悪気なく、自然に私の前とかで言ってしまう。

 

一時期私も、その管理職に育てようか?候補に入ってしまったことがあり

(それは純粋に実力があるからとかじゃなくて、

 「女性にしては」ちょっと根性ありそうとかそんな理由で)

育てようとしてくれているのは分かるのだけれど

同じ部署の女性より業務量の負担は不公平に重いし、

ちょっとしたミスでも大きなミスでも

自分が悪くてもそうでなくても、毎日怒鳴られて。

必要なことではあるしある程度は仕方ないけれど、

毎日男性に怒鳴られるのはやっぱりどうしても恐怖を感じるし、

何がいいのか・悪いのかがどんどん分からなくなっていって

恐怖がどんどん次のミスを生むし、毎日本当に苦しかった。

 

数字だけで「女性の管理職の割合を増やす」って掲げて、

制度としての産休はあっても。

精神面の根深いところで現場に浸透してないから全然しっくりこない。

もうこの部署女性採用するの辞めればいいのに、って

ずっと思ってた。

 

分かりやすく「女性」を例に書きましたけれど

「男性」でも本当は色んな人がいて。

ガリガリ働くのは向いてない、でも決して悪い人ではなくて

周囲からは好かれてる、みたいな人も多かったのだけれど

そういう人はあの部署では大体追い詰められて鬱になってしまってた。

なまじ待遇がいいだけに、転職すると大体条件が下がるから

家族が居る人は辞めるに辞めれなくて。

 

もう鬱がよくあること・当たり前みたいな感じで

追い込んだ人も何も思ってなさそうなのが本当に悔しかった。

その人の人生を壊すことなのに。

 

私がその会社に居たのはもう5年前だし

今は違うかも&他の部署は違ったのかもしれないし、

単に私が合わなかったということだけなのかもしれないですが。

(家族的だし決して悪い会社ではなく、今でも仲良い人も多いです)

名前を言えば誰にでも分かる様な大手メーカーで、

HPや研修ではどんなにダイバーシティという言葉を掲げていても、

私はそれが浸透しているとは全く思えなかった。

 

 

転職して入った今の会社は、ものすごく働きやすくて。

女性の管理職だってたくさん居るし、

時短勤務なのに冗談抜きでフルタイムの私の5倍の成果出してる様な

スーパーウーマンもいる。

 

でも誰も、その人達のことを

「女性なのに頑張ってるね」なんて言い方をしない。

女性が活躍することが当たり前すぎて、

誰もそれに対して言及しない。

 

それは何も女性に限った話ではなくて。

働き方に「多様性がある」という一言に尽きる。

 

 

最近、機械メーカーの社長さんに

その会社の社風について話を聞いてたんですが、

こんな話があって。

 

「あんまり周囲と明るくコミュニケーション取れるタイプじゃなくて、

 普段何考えてんのか全然分かんない社員がいるんだけど。

 だけどそいつ、釣りがマニアックにめちゃくちゃ好きなんだよ。

 で、この前、ある装置がなかなかうまくいかなくて

 改善活動の場で全員でアイディア出してたんだけど

 いつも喋らないそいつが

 "釣り道具のこの原理を応用しよう"って画期的な案出して、

 その装置の問題解消したんだよ。」

 

この会社さん、決して小さな会社ではなくて

1,000人くらいいる会社さんなんですけれど。

社長さんがこういう現場の小さなエピソードを

パッと挙げられるのってすごく素敵だし、

多様性を認める文化があるかどうかって、

こういう小さなところにこそ現れている気がします。

釣りのアイディアが浮かんだ時に

それを言っても良い、って思える雰囲気。

 

 

人材系の仕事をしていて思うのは、

居る人のタイプが単一的で硬直している企業さんって

すごくコストがかかってしまう、という印象で。

 

まず、採用コストがかかる。

人物要件が限定的だから対象者も少なくて

募集するのにもお金がかかる。

書類がやっと通過しても

面接で「何か違う、うちと合わなさそう」とか

悪い面が1つでもあるとそこにフォーカスされたりとかで

なかなか合格にならなくて、

何度も何度も面接するっていう時間もかかる。

 

せっかく採用出来たとしても、次に定着の問題が出てくる。

そういう企業さんこそ、入社した後で

お互いに「合わない」と早期退職が起こりがちで。

そうするとせっかくかけた採用・教育コストが

また1からかけ直しになってしまう。

 

何より怖いのが、人の採用・定着が長期化することで、

その間人手が足りなくて事業成長が止まってしまうこと。

新規ビジネスの開始もどんどん遅くなってしまう。

 

 

別に、誰でもかれでも採用すればいいってことを言いたいんではないんです。

ただ、文化・要件に全部がっちがちに合っている人を探すより

「ある程度」合っている人を探して、

その人をどう活かすかを考えた方が早いっていうのと

じゃあその「ある程度」とはどこが譲れる部分で、

どこが譲れない部分かっていうのは

明確にする必要があると思っていて。

 

ドラクエ4のメンバーだったら、

「一緒に旅をする理由さえあれば、その理由が同じでなくても構わない。

 (デスピサロ討伐が最終目標でなくてもOK)、

 戦闘力もまあ普通の人よりある位であればOK」という条件まで緩和されて

トルネコの採用に至ってると思うんですが。

 

実際の会社さんであれば

事業理念に共感していなくても

この業務でこのパフォーマンスさえ出してくれればOK、とか

逆に志は絶対に一緒じゃないと駄目だけれど、

そこさえあれば勤務地は問わない→地方からのリモートワークOK、とか。

 

そういう柔軟性があった方が、結果的に優秀な人が早く集まるし

定着性もいいという好循環がある。

で、さらにはトルネコやさっきの釣り好きの人みたいに

そういう人が思わぬところで他の人に出来ない分野を開拓してくれたりする。

結局「多様性」があった方が、合理的なんじゃないかと思っています。

 

そして、そういう「多様性」があるかどうかって

制度があるかどうかもそうなんですけれど、

現場の1人1人の意識が文化を作ってるのではないでしょうか。

「受け入れられてる」という雰囲気を作れるかどうか、というか。

 

 

最近、会社の知り合いの高校の同級生(つまりは全く知らない方)が

facebook経由でこのブログを知ってくれて、

「あのブログのファンになって、

 昨日生まれて初めてドラクエやってみた笑」と言っていたよと、

その会社の知り合いが教えてくえたのですが。

 

ドラクエやったことない人がこれ見てやってくれる、って

ものすごく嬉しい感想だったのですけれど

自分の行動で、会ったことのない誰かにも

小さなことでも、影響を与えるきっかけにはなるんだなあ、と。

 

 

もしも文章に、少しでも人の意識や

行動を変える力があるのなら。

 

もし、自分の周囲・職場とかで

考え方や能力、コミットメントが異なる人を見た時に。

その人を批判して排除したくなる、というのは無理もないことで

私自身への自戒も含めてなのですが。

 

そんな時にちょっと、このトルネコの話を思い出して

少しだけ、思い留まってくれると嬉しいなというか

その人に歩み寄る、という視点で見てくれると良いな、と。

 

そういうところから、ほんの少しでも

世の中が良くなるといいなと、

願いを込めてこの記事を終わりにします。

 

 

 

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