前号に続いて映画ネタをもう一つ。
最近、映画「007トゥモロー・ネバー・ダイ」をたまたま見る機会がありました。以前にも見たことはあったのですが、ちょうど現在の中国をめぐる国際情勢と重ね合わさって、大いに考えさせられました。

007シリーズ第18作のこの映画は、ちょうど香港が中国に返還された1997年の公開作品です(日本公開は1998年)。
その内容は、カネ儲けのためには手段を選ばない悪辣なメディア王が南シナ海の中国近海で英国海軍艦と中国ミグ戦闘機を撃墜して、両国間の戦争に発展させようと暗躍、それに対し英国MI6の諜報部員・われらがジェイムズ・ボンドが中国の美女スパイと協力して戦争を阻止し、悪辣なメディア王をやっつけるというものです。中国が敵役ではなく協力者として描かれているところがミソで、香港返還前後の当時の英中蜜月ムードを色濃く反映していた内容となっています。

香港返還をめぐっては1980年代初頭から英中間で交渉が始まっていました。香港は、①アヘン戦争後の南京条約(1842年調印)によって英国に割譲され永久植民地となった香港島②アロー号事件の後の北京条約(1860年調印)によって永久植民地となった九龍半島南部③1898年~99年間の租借地となった新界――の3つの地区がありますが、英国は当初、租借地である新界地区だけを返還するつもりでした。しかし中国は香港島や九龍半島南部なども返還することを強く要求し、結局、中国の要求を受け入れて永久植民地もすべて返還することで合意し、1984年に英中共同声明が発表されました。この際に中国は「香港で今後50年は一国二制度を守る」と表明したのです。
香港返還が決まったことで、香港住民の一部が英国やカナダ、オーストラリアなどに移住する動きが出ましたが、英国と中国は良好な関係が続きました。1997年6月30日に開かれた返還式典には英国からチャールズ皇太子とブレア首相、中国からは江沢民国家主席らが出席し、香港はお祭りムードに沸いていました。こうした当時の空気が映画にも投影されていたと言えるでしょう。

1990年代は英国だけでなく、米国や欧州各国も積極的に中国に接近していきました。香港返還から3カ月後の1997年10月に中国の江沢民国家主席が訪米して「戦略的建設的パ-トナーシップ」と米中協調をうたい上げ、翌1998年にはクリントン米大統領が訪中して9日間にわたって中国各地を歴訪し大歓迎を受けました。この時、クリントン大統領は日本には立ち寄らなかったことから、日米貿易摩擦を表す「ジャパン・バッシング(Japan bashing、日本たたき)をもじって「ジャパン・パッシング(Japan passing、日本素通り)」と揶揄されたほどでした。

その頃、私は香港や米国に取材に出かけ、中国の急速な台頭と日本の存在感の低下を実感したのをよく覚えています。こうした英米などと中国との蜜月が中国の経済成長を助け、日本も含めて世界経済は中国に依存する経済構造となっていきました。それがひいては現在の中国の大国主義、強国路線を生んだと言っても過言ではありません。コロナ禍はその弊害を浮き彫りにしたと言ってもいいでしょう。

新型コロナウイルスの発生源や情報隠蔽などをめぐっても、中国は国際的な批判を受けています。しかし中国はこれらの批判を強く否定し、国際社会に対してますます強硬姿勢を強めています。香港返還に当たって中国が約束した「50年間は一国二制度を守る」という国際公約も、今回の香港国家安全法制定によって事実上破られました。
こうした現在の中国と香港をめぐる国際情勢を映画の題材にしたら、ジェイムズ・ボインドはどんな活躍を見せてくれるでしょうか。

ところで話は変わりますが、「トゥモロー・ネバー・ダイ」でジェイムズ・ボンドを演じたピアーズ・ブロスナンは、かつて「探偵レミントン・スティール」というテレビドラマで主役を務めていました。この番組は1980年代~1990年頃に日本でも吹き替えで放送されていましたが、相棒の女性探偵役の声の出演が岡江久美子さんでした。ピアーズ・ブロスナン演ずるレミントン・スティールと女性探偵との掛け合いがなんとも軽妙で、岡江さんの声がぴったりだったのを思い出します。
改めて岡江さんのご冥福をお祈りします。