スペイン・インフルエンザには、もう一つ重要な教訓があります。
米国フィラデルフィアで感染急増の一因となったのが戦時公債パレードだったことは、前々号の記事と『マイナビニュース』の記事(前号で紹介)で書いた通りですが、そもそも第1次世界大戦がスペイン・インフルエンザを世界的なパンデミックにした大きな要因となったのです。

流行は、まず軍隊から始まりました。海軍の兵舎や軍艦内で感染が始まり、陸軍基地にも広がって、やがて一般市民の間で爆発的に広がるという経過をたどりました。これは米国でも欧州でも同じパターンだったようです。また戦局の展開に応じて部隊が米欧間や欧州各地を移動するため、それにつれてインフルエンザの感染も拡大していったわけです。感染は米国や英国などの連合国側も、ドイツなど同盟国側も同じように広がりました。
ところが各国とも軍隊内部や国民の間でインフルエンザ感染が拡大しているという情報が戦争遂行に不利になるため、その情報を隠し続けました。マスコミも(当時は新聞だけですが)今のように「今日の感染者数」などという報道は皆無で、インフルエンザに関する記事はほとんどありませんでした。
その中で、スペインは中立だったため戦争を意識する必要がなく、自国内の感染状況などを報道していたため「スペイン・インフルエンザ」と呼ばれるようになりました。スペインが発祥国ではないのにその名がついたのは、これが理由だったわけです。
参戦国の各国政府にとっては戦争遂行と勝利が最優先でした。前々号で引用した『史上最悪のインフルエンザ』には、フィラデルフィアで1日にだけで711人の死者が報告された1918年10月16日の翌日、市の有力者が「我々が今、重大な危機に直面していることを真に認識している人はほとんどいないようだ」と不満を述べたという地元新聞の記事が紹介されています。同書によると、この発言はインフルエンザについてではなく、同市での戦時公債の購入成績が他の都市に比べて劣っていることを指してのことだったというのです。同市内で1日だけで700人以上も亡くなるという悲惨な状況になっても、感染防止は二の次、戦争が第一だったというのは驚くばかりです。
しかもこれはフィラデルフィアに限ったことではありませんでした。例の戦時公債パレードは全米の主要都市で一斉に行われ、各都市が購入額の目標達成を競っていたのです。別の研究書によれば、当時の米国の財務長官は「(戦時公債への)出資を拒んだり、他人任せの態度をとったりする連中はすべてドイツの味方であり(中略)アメリカ国民の資格がない」とまで言っていました(ジョン・バリー著/平澤正夫訳『グレート・インフルエンザ』共同通信社)。
このように国を挙げての戦争最優先の中で、インフルエンザについての情報を隠し、その結果、感染防止の対応が遅れてパンデミックを招いたのでした。

では今回はどうなのでしょうか。中国は同じ過ちを繰り返したと言わざるを得ません。報道によれば、中国ではすでに昨年12月の段階で原因不明の肺炎という形で感染が報告されていたにもかかわらず、これを隠蔽しただけでなく、SNSで注意を喚起した医師に対し「デマを飛ばした」として処分しました。
中国が公式に感染を認め、習近平主席が「対策をとるように」と指示を出したのは1月20日になってからでした。中国以外のメディアや多くの識者が指摘しているように、この遅れが致命的となったことは間違いありません。まさに、情報の隠ぺいが対応の遅れとなり、感染を世界に広げたわけで、スペイン・インフルエンザと共通しています。
しかし中国はいまだにそれを認めないだけでなく、「米軍がウイルスを持ち込んだ」と言ったり、武漢の封じ込めに成功したとする主張を強めています。「武漢で新規感染者ゼロ」という発表にも疑問があるとの指摘もあります。
新型コロナウイルスについてはその正体の解明や感染拡大防止、治療薬開発、さらには経済対策など、医学面でも経済面でも各国が正確な情報を共有し結束して立ち向かうことが不可欠ですが、中国のこうした対応はその障害になってしまいます。
100年前にスペイン・インフルエンザのパンデミックでは、前述のように第1次世界大戦中だったため各国の情報隠匿はあっても、情報共有や協力はありませんでした。これが被害を大きくしたばかりか、その教訓が今日にあまり引き継がれていないことにつながっています。
      
ところで、ここへきて新学期の学校再開への準備、一部イベントや娯楽施設の営業再開など、部分的ではありますが「解除ムード」が出始めていることが心配です。「解除ムード」の一因として、経済への打撃が指摘されています。たしかに個別には、イベントや営業中止が長期化すれば経営が続かないと言った声が上がるなど、深刻化していることは事実です。
しかしここで全体として手を緩めてしまえば、一気に感染者が増える可能性があり、最悪の場合、イタリアで起きている医療崩壊、あるいは欧州各国や米国ニューヨークのような外出禁止や移動禁止などの事態にまで至る恐れがあります。小池東京都知事が「都市封鎖(ロックダウン)」と発言しましたが、これは決して大げさではないと感じます。
したがって、特に大きな打撃を受けている企業や個人に対する経済的支援を政府がしっかりと大規模に実施していくことが求められます。(これについては次号で)
しかしそれは感染対策全体を緩めるということではないと思います。日本がもし中国や欧米のようになれば、それこそ経済的損失はとてつもなく大きなものになりかねません。
昨日(3月24日)、ついに東京五輪の延期が決まりました。延期は残念ではありますが、現状ではやむを得ないでしょう。新たな日程の決定や準備のリセットなど課題は多いですが、安倍首相が言うように東京五輪が「人類がコロナウイルスに打ち勝った証」となるよう、日本中が結束してコロナ危機を乗り切りましょう。