先日、京都御所を参観する機会がありました。京都御所は以前は春と秋などの数日間以外は事前に申し込みをしなければ参観できませんでしたが、2016年に安倍内閣が観光立国の観点から一般公開する方針を打ち出し、事前申し込み無しで1年中いつでも(月曜日は休止日)参観できるようになりました。しかも無料で!
参観者は御所の西側にある清所門から入ります。ここで手荷物検査を受けますが、時間制限などはありません。
参観順路に沿って少し歩くと、まず「御車寄(おくるまよせ)」が目に入ります。身分の高い公家などが参内した際に使用する玄関で、ここから御所内の各御殿や建物と廊下でつながっています。

御車寄せ

その隣には、「諸大夫(しょだいぶ)の間」があります。参内した人が待機するための控えの間で、3つの部屋に分かれており、身分によって部屋が決まっていたそうです。

諸大夫の間

諸大夫の間の横を過ぎて奥に進んでいくと、いよいよ最も格式の高い正殿、「紫宸殿(ししんでん)」です。紫宸殿をはじめ御所内の主要な建物は1854年(嘉永7年)に火災で焼失してしまったため、翌1855年(安政2年)に建てられたものです。御所は794年の平安遷都以来、何度も火災で焼失しており、そのたびに建築の様式や構成は変化してきましたが、安政の再建では平安時代の様式にのっとって各御殿が再建されました。それが現在の御所の姿となっています。

紫宸殿(回廊の奥)

ここには、孝明天皇と、その後を継いだ明治天皇が東京奠都明治2年、1869年)までの間、お住まいになりましたが、ちょうど明治維新前後の激動期にあたり、紫宸殿は五箇条の御誓文の発布など、重要な政治の舞台となりました。また明治天皇、大正天皇、昭和天皇の即位の礼が行われた場所でもあります。
紫宸殿の内部には、普段は即位の礼で使用される高御座(たかみくら)と御帳台(みちょうだい)が置かれているそうですが、これが東京に運ばれて、先日の令和の即位の礼で使われました。
(ちなみに、この高御座と御帳台は12月22~25日と来年1月に東京国立博物館で、来年3月には京都御所で一般公開されるそうです。)

紫宸殿

紫宸殿の前は白砂の庭があり、そのまわりを、白壁と朱色の柱などで作られた回廊が四角く囲んで立っています。回廊の内側の庭の一角にも入ることができましたが、間近で見る紫宸殿は特に威厳に満ちており、皇室の伝統、そして日本の歴史の重みを感じさせます。

紫宸殿の南側には、御所の正門に当たる「建礼門(けんれいもん)」が立っています。紫宸殿で行われる重要な儀式のときに開かれる最も格式の高い門で、天皇と国賓の外国元首しか通ることができないそうです。

建礼門(内側から撮影)

建礼門を内側から参観して、さらに奥に進むと「小御所(こごしょ)」と「御学問所(おがくもんしょ)」があります。御学問所は1868年1月(慶応3年12月)に、明治天皇が王政復古の大号令を発せられた場所です。
そしてその日の夜、隣の小御所に、明治天皇をはじめ西郷隆盛、大久保利通など明治新政府の首脳が集まり、徳川慶喜の官職辞職と領地召し上げという処分を決定しました。開催場所から小御所会議と呼ばれています。

小御所(手前)と御学問所(その奥隣)

小御所などの前には「御池庭(おいけにわ)」や「御内庭(ごないてい)」などの庭園があります。その名の通り、池を中心として庭石や緑を配した美しい庭園で、紅葉がきれいでした。

御内庭

こうして小一時間かけて、御所の様子をじっくり見て回りましたが、多くの観光客が参観に訪れており、外国人の姿も目立ちました。1日数回、宮内庁職員によるガイドツアーもあるのですが、日本語だけでなく、英語と中国語のガイドもあるそうです。
いま、日本の歴史や文化に対する外国人の人気が高まっていますが、京都御所はそうした日本の魅力が詰まった場所と言えるでしょう。京都の街全体も、外国人や日本人観光客でにぎわっていました。こうした日本の魅力をさらに世界に向けて発信し、経済効果を持続させることが日本全体を元気にすることにつながるでしょう。