インターネットテレビのストックボイスTVが放送する経済番組「Tokyo Financial Street」(毎週金曜日・午後5:30~6:00)にこのほどゲスト出演しました。この番組には時々ゲストで出演し、国際金融情勢などについて解説しています。今回は米国の金融政策をテーマにお話ししました。

鈴木ともみキャスターと(東証アローズ・スタジオで)

ちょうど出演日の前後に米国の金融政策に関わる重要なイベントが二つありました。一つは、FOMC(米連邦公開市場委員会)議事要旨の発表です。FOMCというのは、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備理事会)が金融政策を決める最高意思決定の会合です。約6週間に1回開かれ、会合の3週間後に議事要旨が公表されます。この内容から、会合でどのような議論が行われたかや今後の方向性などを知ることが出来ます。
今回の議事要旨は7月31日・8月1日の会合分で、そのポイントは次の4つでした。

①貿易摩擦は潜在的に重大なリスクだ
②早期の追加利上げが必要
③政策金利は中立的な水準に近づいている
④先行きの景気悪化に備え、新たな政策手法を議論する

①はもちろんトランプ大統領が引き起こしている貿易摩擦が米国と世界景気を悪化させ
るリスクがあるとFRBが警戒していることを示しています。
ただそれでも現在の米国景気は堅調であり、さらなる追加利上げが必要というのが②です。FRBは今年に入ってすでに2回(3月、6月)に利上げしていますが、この議論内容から見て、次回9月のFOMCで追加利上げを決定することはほぼ確実となりました。
しかしここへきて、一つの課題が浮かび上がってきました。それが③です。これは少し説明が必要ですね。
FRBは米国の景気回復に対応して2015年12月にゼロ金利を解除して以後、極めてゆっくりと小刻みに利上げを行っています。最近では3カ月ごとのペースで0.25%ずつ利上げしており、現在の政策金利は1.75%~2.0%となっています。このぺースが続けば、今年中にあと2回、来年はさらにあと3~4回利上げすることが予想されますが、その場合は政策金利は3%を超える計算になります。
しかし金融政策の決定権を持つFOMCメンバーの見通しによると、政策金利の長期的な見通しは2.9%程度となっており、このあたりが中立的な水準とされています。「中立的」とは景気を過熱させず冷やしもしない水準のことです。別の言い方をすると、政策金利が3%を超えるようになると景気を冷やす可能性が出てくるというわけです。
したがって「政策金利が中立的な水準に近づいてきた」ということは、そろそろ利上げの打ち止めが近づいてきたことを示唆するわけです。今のペースでいけば、来年の半ば~後半頃がその時期ということになります。
米国の利上げが3%程度で打ち止めになるとすれば、過去に前例がないほどの低い金利水準です。例えばリーマン・ショック前は政策金利が5%台、2000年のITバブル期には6.5%となっていました。それらに比べて今回の局面がはるかに低い金利水準であることが、次の④の課題を浮上させたわけです。
もし今後米国の景気が悪化した場合、FRBは利下げが必要となりますが、今回は金利の引き下げ余地が少ないのです。例えばリーマン・ショックの1年前にサブプライム危機が起きた際、FRBは政策金利を5%第からリーマン・ショック後にはゼロ金利まで引き下げ、その後に量的緩和を導入しました。
しかしもし今回、短期間に金利を引き下げなければならない情勢になっても、その‟のりシロ”は3%程度しかないのです。
そこで、FRBはそうした事態に備えて、新しい政策手法を議論することになったというものです。その内容がどのようなものになるかは不明ですが、現在のトランプ大統領の強引な政策によって貿易摩擦が引き起こされていることを考えれば、そうした新手法の検討は極めて重要であり、かつ緊急の課題と言えるでしょう。
重要イベントの二つ目は、番組OAの直後に開かれた米ジャクソンホール会議(ワイオミング州)です。FRBのパウエル議長がここで講演し、予想通り当面の利上げ姿勢を見せたものの、同時に「政策金利は中立的な水準に近付いている」とも指摘し、来年頃の利上げ打ち止めの可能性もにおわせました。この日のパウエル議長の発言は、前述の議事要旨の内容に沿ったもので、全体として今後の利上げにはやや慎重な「ハト派」的な印象でした。これは市場に安心感を与え、株価が上昇しました。
ただ悩ましいのは、トランプ大統領との関係です。トランプ大統領は前任のイエレン議長がまだ1期しか務めていなかったにもかかわらず同氏を再任せず、新たにパウエル氏を議長に指名したという経緯があるのですが、そのパウエル議長がイエレン前議長の政策を引き継いで利上げを継続していることにトランプ大統領は不満の様子なのです。つい最近も、同大統領はツイッターでパウエル議長を批判したばかりでした。
このようなタイミングですから、パウエル議長としては今すぐに利上げをやめればトランプ大統領の圧力に屈したと見られてしまいますから、利上げを継続するのは当然のことでしょう(もちろん第一義的には米国経済の現状を判断してのことですが)。しかし来年頃に利上げ打ち止めに動くとすれば「トランプ大統領の圧力」が話題にされる可能性があります。
これは実際には、トランプ大統領の貿易政策によってもし景気が悪化する事態になれば利上げどころではなくなるわけですから、ある意味ではトランプ大統領が最大のリスクと言えるでしょう。

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