宮崎正弘の国際ニュース・早読み <<トランプ政権、一月に強烈な「大統領命令」を準備中 (2018 | Hideoutのブログ

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 四月に古稀を迎える爺ののブログです。

 日本を取り戻したい……そんな事をエントリーしたい。

 覚醒したら、こんな見方になるのかなと言うものに。

    米国の用意周到さには改めて頭が下がる。悔しいがそれが現実だ。ペリーの来航も何年もの日本研究の元に遣ってきたらしい事が僕にも分かり始めてきたからなぁ。

    米国の日本学者は「神道」が日本の基底に有ると判断したのだろう。戦後のGHQが素早く「神道指令」を出した事でも明らかだろう。

    戦前はプロジェクトチームが纏めて研究していた様だが、戦後は東大を中心にした左翼学者共が国家に叛逆してそういった事が出来なくなったしまったのは残念至極。

宮崎正弘メルマ
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)12月28日(金曜日。御用納め)
          通巻第5931号
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 トランプ政権、一月に強烈な「大統領命令」を準備中
  米国市場からファーウェイとZTEを完全に締め出す
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 最初に報じたのは2018年五月、ウォールストリートジャーナルで、「ホワイトハウスは次世代通信技術が国家安全保障の直結する観点から、外国企業の米国市場における関与を排撃できる権限を商務省にあたえる、あたらしい大統領命令を作成中である」とした。爾来、八ヶ月、音沙汰がなかった。

 英紙タイムズは、英国もカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど大英連邦諸国の動きに連動し、中国の通信技術が西側の安全保障に重大な脅威となっているための政治措置を講じるだろうと報道した(12月27日)。

 サウスチャイナモーニングポスト(12月28日)は、一月に発令が予想される「大統領命令」は「國際緊急経済措置法」(仮称)と呼ばれるだろうとして、以下を伝えた。

「過去八ゲ月にわたってホワイトハウス内部で検討されてきたが、いよいよ最終文面の完成が近く、全米の中小零細の通信企業の商業活動もカバーする内容だ」。

 つまりファーウェイとZTEのスイッチなどを販売している企業にも、外国製品を使用禁止とするという嘗てない厳しい制約条件が含まれている。地方では中国製部品が廉価であるため、いまも広範囲で使われている。

 文面には中国企業の名指しはないが、あきらかにファーウェイとZTEが目標であり、中国ははやくから、この動きを牽制するために在中米国企業に対して、突然の税務検査、品質管理立ち入り、申請事項の不許可、ビジネスの妨害などを行ってきた。
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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北斎の浮世絵に挿入されている詞書きを読めば、日本の伝統的な主題が分かる
   フランスは西洋の衰退を象徴するほどに文化的に凋落した

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田中英道『日本が世界で輝く日』(育鵬社)
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 平成の御代は今上陛下の御譲位によって4月に終わり、新しい元号の日本になる。新元号は五月一日まで未定なので、ここでは皇紀二千六百七十九年が始まった、としておこう。
 田中氏は神武天皇肇国からの皇紀を尊重されるのはもちろんだが、本書で日本歴史を論ずるに「一万六千五百年」という新解釈を用いておられる。
 すなわち縄文時代を測定し、従来の考古学者の遠慮がちな解釈(歴史教科書はバラバラで13000年から16000年)を越えて、16500年前から日本の歴史の曙が拓けた、とされる。
このことは評者(宮崎)も、三内丸山、亀岡などの縄文遺跡などをみて確信しているので田中氏の意見に賛同である。
 神道は自然発生的に、われわれの祖先達の祈りと祭りの中枢にあって、日本独自の文化形成に大きな役割を担った。仏教以前、神道は日本人の日々の生活に、ひとびとの心の中に浸透していた。聖徳太子以来は神仏混合という、独自な多神教の世界が形成され、世界でも稀有の芸術が確立してゆく。
 最近も、パリへ講演に出かけた田中氏は、もはや仏蘭西文化が死に絶えていることに改めて失望の念を深くしたという(ついでに書いておきますが、評者が最初に「憧れのパリ」へ行ったとき(1972年)、『嗚呼、この町は死んでいる。活気がないなぁ』と思った。若い芸術家がたまるモンマルトルの絵描きたちの販売する絵画を見ながら、なんとつまらない、これが最新流行の『アート』なるものかとも思った)。
 かつて花の都パリは世界の芸術家が集まって、シャンゼリーゼのカフェには綺羅星のように、ヘミングウェイもサルトルも、カミュも藤田嗣治もいた。ベルサイユ宮殿の設計思想、その城の美はロシアへ、ドイツへ、オーストリアへ伝わった。
 いまのパリは「力の政治、金銭、物質一辺倒の国」だが、氏の留学時代のパリは、「欧州文化の粋としてのフランス」だった。
その古き良き時代のパリは劇的に衰退した。(破壊した最大の元凶は移民だが、そのことを本書では指摘されていない)。
 あの「理想のパリのイメージはもはやない」とつい最近もパリに講演に行かれ、反マクロンのデモを目撃してきたばかりの田中氏は慨嘆するのだ。

 代わりにパリの芸術界を席巻し始めたのが日本文化である。とりわけ浮世絵の研究が進み、一つのブームでもある。
 だが、違和感がある。
フランスの画家たちは浮世絵を誤解しているのだ。
田中氏は次を強調される。
 「北斎の浮世絵はすべて、日本の伝統的な主題をもっています。とくに彼らに最も影響を与えた『富岳三十六景』は、富士信仰という、神道における自然信仰を主題に描かれていたのです。フランスの画家達が発見した純粋な形、色の世界ではなかったのです。彼らは、浮世絵に添えられた小さな詞書きを無視したために、それが単純な版画の色面で組みあわされた、純粋な形の世界だとおもったのです。(中略)この日本の浮世絵を基礎に『印象派』が誕生し、これまでの西洋絵画を一変させました。そしてマネ、モネ、セザンヌ、ゴッホ、などによって、北斎は、世界最高の画家の一人として認知されました」
 ところが、西洋の画家は「浮世絵に意味や信仰がない」と誤解し続けた。
 フランスは西洋の文化の衰退を象徴するほどに文化的に凋落する一方で、ジャポニズムが深く静かに浸透し、日本文化への理解度は極めて高くなったと田中氏は総括する。
リトアニアに美学者がパリのジャポニズム展の会場で、田中氏に告げたという。
 「今や世界の文化の中心は、フランスではなくて、日本だ」と。
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(年末年始の刊行について)明日(12月29日)から1月4日までの、年末年始休暇期間中、小誌は随時発行となります。
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   読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)年末になって日韓の関係がさらにぎくしゃく。韓国海軍による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題をわかりやすまとめたサイトの記事が素晴らしい。
「もえるあじあ」というサイトですが、スマホアプリのLINE風にまとめたもの。
http://www.moeruasia.net/wp/wp-content/uploads/2018/12/lwfyha5.jpg
http://www.moeruasia.net/archives/49620564.html
 まさに息を吐くように嘘をつく韓国人ですね。
    (PB生、千葉)

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(読者の声2)レーダー照射の背景は、ネットで噂が流れていますが、私のニュースソースは別の遥かに確かな準一次情報です。
 韓国海軍はかなりの長い期間北朝鮮の瀬取りの護衛を行っており、航空自衛隊はそれを監視しながら何もできない状態が続いています。現場の自衛官は、こんなむちゃくちゃな韓国海軍の監視をさせられ乍ら何ら対応処置をとることもできず、さらにレーダー照射の危険にさらされ不満たらたらの状態になっていますが、よく我慢しています。
 保守派のコメンテーターで知っているひとが何人かはいるはずですが、言った後の影響を考えると言及することができないようです。
(當田晋也)
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    東北大学名誉教授の田中英道氏は僕を日本人として覚醒させてくれた方で有り、恩人の1人であります。専門は西洋美術史なんて僕から見たら毒にも薬にもならない分野。土偶や火焔土器を西洋とは全く違うものと断定した慧眼には吃驚しました。まるで日本が独自の歴史を刻ん来たとは考えていなかったからですが。

    初めてそれらを眼にしたのは60年程前の小学生の時、何だこりゃと思ったのも微かに記憶に有ります。何時の間にやら自虐史観に毒されていたのでしょうね。

    僕は神仏習合の江戸時代のままで良かったのじゃないかと考えています。国家神道を目指した薩摩の考えは無理が有りすぎた。開国に際し、基督教の布教も受け容れざるを得なかったとしても(廃仏毀釈は薩摩の士族かやり始めたとか)。