緊急事態宣言以降
埼玉でも生活の変化が生じています。
僕が通っているスクールも
近々休校になってしまうかもしれません。
カリキュラムはあらかた終わっているだけに
休校になったらそのまま修了扱いとなるでしょう。




近頃は久々に人間関係の輪に入って
多くの人と多くの言葉を交わしていました。
良い関係に囲まれることを願うより
相手にとって良い縁で在ろうと望む。
自分がどう見られるかを気にするよりも
物怖じせずに心を表現してゆく。




そうして振る舞ってきたからか
自ずと良い人間関係に恵まれています。
どこに行ってもいじめられ
爪弾きにあっていたことが嘘のように
経験のすべてが糧となっていたのです。




通いはじめてから毎日が楽しくて
学んだことが身についている実感があります。
僕にとっては最高の環境だけに
唐突な終わりを予感させる現状に
何ともいえず悲しい気分にもなります。




とはいえ
変えられないことならば
受け入れるしかありませんね。
変えられないことを変えようと望めば
葛藤が生じてゆくのですから。




こんな時は『ニーバーの祈り』を思い
あるいは仏教の『求不得苦』を想起し
ないものねだりをするよりも
今あるもの、今できることに
目を向けていようと思います。




学校を卒えて、緊急事態宣言も明けたら
今よりも忙しく動くことになるでしょう。
人生で取り零してきたものが多いだけに
大きな試練に晒されることもあるでしょう。




けれどきっと
僕はどんな時でも大丈夫です。
ずっと這いつくばってきたから
今更転ぶことは怖くありません。
たとえ転んだとしても
地べたに転がる石塊にさえ
価値を見いだす眼を養ってきたのです。




深く愛して見守ってくれた母と
生きる喜びを教えてくれた彼氏に
寄り添っていられる自分で在りたい。
大切な人の弱さも
傷も醜さもひっくるめて
すべてを抱きしめていられるように
少しだけ力強くなりたいのです。




桜の季節が巡るたび
晴れやかな心で眺めていたい。
大切な人との歳月を
手と手を取り合って
輝かしく彩ってゆこうと思います。