飲んでも飲んでも酔えない。
シヌは隣で酔いつぶれてしまった男性スタッフを横目で見ながら、深いため息をついた。
「ミジャおばさん今日はもう帰りますね。酔っぱらいはそのまま置いてていいですか?」
「いいけど…珍しいね。シヌさんはいつも最後まで介抱するのにね。」
「すみません。今日はちょっと疲れてしまって。」
「そりゃあんだけ飲めば、さすがにちょっと酔ったんじゃないの?」
机の上には、一升瓶が何本も倒れている。
「…そうかもしれませんね。それではよろしくお願いします。」
「ミナム達も置いていくの?」
「あいつらはあいつらで楽しそうなので。後で聞かれたら先に帰ると伝えて下さい。」
「はいはい。気をつけて帰るんだよ。」
「ありがとうございます。」
シヌはお店から一歩出ただけで、急に暗闇に迷いこんでしまったような心持ちになってしまい、少しだけ身震いした。
とうとうこの時が来てしまったのかと思う。
別にだからと言って諦める気もないのだけれど、やはり幸せそうに笑うミニョを間近で見続けるのは厳しい。
それに帰国してからは様々なことがあったから、少し安心してしまっていたのかもしれない。まだ大丈夫なのだと。
今夜はテギョンとミニョ、帰ってこないだろうな、などとぼんやり思いながら夜道を歩いていると、気がつけばあの公園に来ていた。
偽者の恋人の取材を受けるための予行練習をした公園だ。
感慨にふけりながらベンチに腰を下ろす。
あの時にもっともっと強引にいっていたらミニョの気持ちは変わったであろうか。いや、最初にミニョが女性だと気がついた時にきちんと伝えていたら、俺だけを頼ってくれただろうか。
不毛な考えが頭を占めはじめる。
ため息をついて、何の気なしに道路を見ると、そこには黒色の見慣れた四駆が停まっていた。
衝動的に走り出して、その窓ガラスをがんがん叩いた。
「おい!おい!チソン!」
うつろな表情のチソンは、少し驚いたような顔をして、何を思ったのか、ゆっくりと車から降りてきた。
「話がある。」
シヌの言葉に小さく頷くと、チソンは柔らかな髪を軽くかきあげた。
無言のままベンチに腰掛ける二人。
二人ほぼ同時に空を見上げると、星は数個しか出ておらず、夜空なのにどんよりとして見えた。
「今日って天気悪かったかな?」
シヌが口を開いた。
チソンはそんなフランクに話してもらえるだなんて考えてもいなかったので、かなり驚いたような顔をした。
「…良く分かりません。」
「分からない?」
「最近、何もかもがあまり分からないんです。」
「…そうか…。」
分かるような気がした。
飲んでも飲んでも酔えない自分と同じだとは思わない。思わないが、そのあまり分からないという気持ちが胸に迫る気がしたのだ。
「今日の反省会で色々聞いた。」
「…そうですか。」
「…。」
「全部ミニョに言うつもりだけど、他に何かあるか?」
「…ありません。でも…、もうそんなこと大したことじゃないかもしれません。」
「どういう意味だ?」
「俺…クオモがいなくなったって、あれが嘘だってミニョちゃんにバレて、それから自分の気持ち言いたくもないのに言っちゃったから…。」
それでミニョは倒れるまで走って逃げていたのか、とは言えなかった。
「そうか。」
「はい。もうびっくりするくらい拒否されましたから。少しは喜んでくれたりとか、少しは迷ってくれたりとかするかと思ってたんですが…。」
「それはないだろう。お前最低だから。」
「…そうですよね。」
「うん。」
「多分だけど、テギョンとミニョ、もう離れることはなくなったと思うぞ。」
「どういうことですか?」
「言葉の通り。」
「…。」
「ちゃんと聞いてはないけど、何となくそうだと思う。」
「そうですか…。」
「お前警察に行く?」
「…それが一番ですよね。」
「まぁ、そっちの方が俺は安心だけど。ただミニョはどう思うんだろう。それは分からない。」
「……きっとシヌさんと同じですよ。」
「そうかな。」
「はい。俺のこと軽蔑してましたから。」
「同然だろう!ミニョにそんな顔をさせたのはお前だろうが!」
「…分かっています。ただ…ただ、知っていて欲しいんです。自分の為にしたわけじゃないんです。全部。」
「………。」
「ミニョちゃんを幸せにできるわけがないと思っていたんです。あいつに。」
「…。」
「だから、だからこの手で守りたかった。」
「…まだ続くか?」
シヌは急に立ち上がって、チソンの顔を思いっきり殴った。腫れあがるまで何度も殴った。
チソンもまたガードすることもなく、少し嬉しそうにただ殴られ続けていた。
「アフリカでミニョのことを助けてくれたお礼分だけは勘弁してやる。」
その場にぐったりと倒れるチソンに、
「お前、このまま合宿所に来い。放置してたら何をするか分からないからな。」
と、言うなり最後に足で蹴りつけた。
「…分かりました。」
チソンは少しだけ涙を流した。
最後にミニョちゃんに会わせてくれるのかもしれない。そんな淡い期待がまだ自分の中に巣くっているから。
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読んで下さってありがとうございます
シヌさんかっこいい…。