知らない小さな町をただ走っていたのではジャンディが見つからないのではないかと焦る。
でも、ジャンディだってこの町のことを何も知らないはず。
そう考えると、バスが停車している防波堤の付近へ走っていた。
何となくそこにジャンディがいる気がして。
やっぱり…。
白衣を着た小さな背中が、かろうじて少しだけ残っている夕陽に照らされていた。
海側の端っこに座って、足をぶらぶらさせて。みつあみの黒い髪も一緒に揺れていて、仮想世界にしては良くできているものだなんて、まだ少しだけ思ってしまう。
「ジャンディ。」
静かに呼んでみたら、ジャンディが急に動きを止めた。肩に力が入ったように見える。
「ジャンディ。」
聞こえてないはずはないけれど、もう一度呼んでみる。
ジャンディは相変わらずぴくりともしない。
俺は返事もしてくれないジャンディの傍に腰を下ろして、その顔をのぞきこもうとしたのだが、ふいっと反対側へ顔を背けられてしまった。
「ジャンディ。」
肩を叩いてみる。
「ジャンディ。」
長いみつあみを引っ張ってみる。
「ジャンディ。」
隙間がないくらいジャンディの横にぴったりとくっついてみる。そしたら、ジャンディの顔が物凄く赤いことに気がついた。
「ねぇジャンディ。ジャンディは俺のことが好き?」
ジャンディが息をのんだ。
もう一度顔をのぞきこんでみると、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。
「俺はジャンディが大好きだよ。」
すると、今まで顔も見せてくれなかったジャンディが、俺を驚きの目でじっと見た。
「そんなに驚くことかな。」
ジャンディが目を丸くしたまま固まってしまっている。
「ジャンディ以外はみんな知ってると思うけど。」
「何を?」
やっと口を開いてくれた。それだけで嬉しくなって、俺は笑みがこぼれてしまう。
「俺がジャンディを大好きなこと。」
また驚いたみたいで肩がびくりと震えて、それからこれ以上ないくらい顔が赤くなっている。
「そ、そんなことわわ私は、ししし知らない。」
「本当に知らない?」
もっとその顔を近くで見たくて、ぐいっと顔をよせたら、ジャンディが激しく首を縦に振りながら、俺との距離を取ろうとして後ろに倒れてしまった。
思わず声を出して笑ってジャンディを起したら、もう白目になってて、おかしくて嬉しくてたまらなくなってしまった。
「ほ、本当に本当に知らないです!そ、それに…。」
「それに?」
「わ、私がいつ先輩のことすすすすすす好きだって言ったんですか!!」
「違うの?」
「ちちちち違います!!!!!」
「そっかぁ、じゃあジュンピョが嘘ついたのかなぁ。」
俺が大袈裟に悲しそうな顔をしてチラリと横目でジャンディを見ると、物凄く困った顔をしていて、胸がきりりと痛んだ。意地悪し過ぎてしまったな。
「ごめん、困らせたね。」
そう言ってジャンディをそっと抱きしめた。
「…嘘ついてません。」
「え?」
「ク・ジュンピョは嘘ついてません。」
全身の血が逆流したかと思った。
「私は…ジフ先輩が………好きなんです…大好きです。」
嬉しいって、好きだって言いたいのに、声が出ない。体も震えてしまって、ただジャンディを抱きしめている腕に力を入れることしかできない。
「…困らせてしまってますか?」
ジャンディが悲しげに微笑んでいる。
こんな顔をさせたいわけじゃないのに!
俺はとにかくそれは違うってことを伝えたくて、唇をぎゅっとかみしめて首をぶんぶん横に振った。
そしたらジャンディが嬉しそうに目を細めて笑ってくれた。
今…今きちんと伝えないと、今までの俺の気持ち、ジュンピョの気持ち、みんなの優しさが無になってしまう。
俺は深呼吸をして、ぐっとジャンディを見つめた。
「ジャンディ、俺の彼女になってくれませんか?」
「先輩!私を彼女にしてもらえませんか?」
二人同時に大声を張り上げていた。
お互い驚いた顔を見合わせて、それからくすくすと幸せな気持ちで笑い合った。
俺はジャンディを抱きしめている腕を外して、その小さな両手を俺の両手で包み込んだ。そして、もう一度正式にお願いした。
「ジャンディ、俺と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
「はい!こんな私ですが…よろしくお願いします。」
ジャンディが深々と頭を下げた。
「ジャンディ以外考えられないよ。」
俺はきっと今、とんでもなくにやけた顔をしているに違いない。
それから、首に下げてあるあの祖母から母へと受け継がれてきた指輪を外してチェーンごとジャンディの掌に乗せた。
「今度こそ受け取ってね。」
「はい…ありがとう。本当にありがとう。」
ジャンディがその指輪を握りしめて涙を流して喜んでくれた。その顔は今までに見たどの顔よりも美しくて、この瞬間初めて仮想世界が現実へと姿を変えたことを実感した。
ジャンディの首元を見てみると、もうあのジュンピョからの星のネックレスはなかった。
あのネックレスを見る度に辛くなる自分が嫌で、もうずっと彼女の首元を見ていなかったことに気がつく。
ジュンピョの言う通りだな。俺は何を見ていたんだ…。
ごめん、遅くなって、こんなにも待たせてしまって本当にごめん。
俺は彼女の手を開いて指輪を取ると、ジュンピョのネックレスが輝いていた首にではなく、左手の薬指にそっとはめた。
「結婚を前提にって言ったでしょう。」
口をぽかんと開けている彼女に、意地悪く微笑むと、また真っ赤になって、「はい。」と、小さな声で返事をしてくれた。
夢見ることもできず、ただ空想していただけの世界が仮想から現実へ。
幸せ過ぎて、この気持ちをどう表現したらいいのか分からない。ただ俺の隣で幸せそうに涙を流す彼女を感じることができるのは世界中でこの俺だけだと思うと、幸せとも悲しさとも違うもっと深い感動が心の中に沸き起こっていた。![]()
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あぁ、幸せでどうしたらいいのか分からないジフ先輩を映像で見てみたいです…。
ぼんやり宙を見つめる俺を、ジュンピョがまだ涙の残る悲しげな瞳でじっと見てくる。
俺は空想世界から仮想世界へ少し夢を見てしまった自分に苦笑いを浮かべた。
ついさっきジュンピョの言っていることはおかしいと分かっていたはずなのに。
「ジュンピョ。どうしてそんなこと言うの?」
「…どうしてって?」
「だって…ジュンピョは知らないだろうけど、俺はジャンディから避けられていたんだ。この一年ずっと。」
「………。」
イジョンも深く頷く。
「ジャンディはジフのおじいさんの診療所ももう辞めてる。」
「それにまたお粥屋でバイトも始めた。ジュンピョに会いに行くためだろう?どうして信じてあげないの。」
「ジフ…お前は本当にジャンディを一番近くで見ていたのか!!」
また瞳に明々と炎が点る。
「…見ていたに決まってる。」
俺は自分でも驚くほどに低い声が出ていた。
「ジュンピョよりも長い時間ずっと見ていたのはこの俺だ。」
きっと…氷よりも冷たい目をしている。今の俺は。
「じゃあ節穴だな。」
ジュンピョが鼻で笑ったら、イジョンが今まで見たこともないくらいむっとした顔をしてジュンピョを殴った。
「ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと話せよ!!!」
ジュンピョは口の端を切ったみたいで、その血を指でぐいっと拭った。
イジョンに殴られたというのに、そのぎらぎら燃える瞳には俺しか映していないのが分かる。
「一年前、ジャンディが突然アメリカに来て…、俺は全部分かってたから、ジャンディの口から直接聞きたくなくて、せこい真似をした。あいつはちゃんと俺に別れを告げようとしてたのに…」
少しうつむいて鼻をすするジュンピョ。それからまたゆっくりと話を続けた。
「四年後に迎えに行く約束した、だから後一年ある、そう言ってどうにか思いとどまらせようとしたんだ。そしたらあいつが、ジフ先輩に気持ちを告げる気もないから、先輩には何もしないでって。」
ジュンピョの話をただ黙って聞いた。
「本当は…俺から解放してやらないとって思っていたのに、もしかしたらまた俺のことだけを見てくれるんじゃないかってどうしても諦められなくて、あいつをこの一年縛り続けた…。ジフにしか譲れないって思っていたのに…やっぱり無理だった。」
イジョンが泣き崩れるジュンピョを上から覆いかぶさるように抱きしめた。
頭で考えるよりも体が勝手に動いていた。
俺はジャンディが走った方へ全力で駆け出した。
「ジュンピョのことは任せろ!」
後ろからイジョンの声がする。
俺は片手を上げる余裕すらなく、砂を蹴り上げながら、ただただジャンディのことだけを想った。![]()
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最近はジフ先輩に夢中ですが、テギョンが大好きなのは本当に変わりませんので、ちゃんとお話書かせて頂きます
それからまたどのくらいの時間が経過したであろうか。
たまりかねたイジョンが口を開いた。
「ジュンピョ、どういうことなんだ?」
「…俺は…、ジャンディに一年前にふられてるんだ。」
「え…。」
イジョンは驚き固まっている。
俺はまだ惑星から地球へは戻ってきておらず、遠い世界の出来事だと思えて仕方がない。
「ジフ、聞いているのか?」
ジュンピョの強い眼差しが俺の思考を現実へと引き戻す。
一年前、まるで昨日のことのように覚えている。アメリカへ経つ前も帰って来た後も泣きじゃくっていたジャンディを。
でも…俺はそれから少し避けられ始めたのだから、やはりジュンピョは何か勘違いをしているのだろう。
「ジュンピョ、ジャンディはお前のことが今も変わらずずっと好きだよ。」
俺は口元にだけ笑みを浮かべると、ジョンピョが大きく首を振った。
「ジャンディはジフが好きなんだ。ずっと。ふられる前から俺は分かっていた。」
「いい加減なことを言うな!」
俺はジャンディがジュンピョを想って泣く様を何度も何度もこの目で見てきた。
ジュンピョがアメリカへ行ってから落ち込むジャンディの一番近くに居たのだってこの俺だ。
「ジュンピョ、お前はジャンディが信用できないのか?俺だってジャンディが好きなのはジュンピョだって分かる!」
珍しく苛立ったようにイジョンが大声を出した。
「……それだったらどんなに良かったか!!」
ジュンピョが頭をかきむしって大粒の涙を流した。次から次に。
「…嘘だろう?」
声が震える。喉がふさがる。体に力が入らない。
「嘘なんかついてどうするんだ!絶対に言いたくなかった、言いたくなかったんだ…。」
イジョンはジュンピョの背中をさすりながら、自分も涙を流している。
ジャンディが俺を好き?俺を好き?俺を好き???
仮に想像することも許されないと思っていた世界が、目の前につきつけられて、俺は完全に落ち着きをなくしていた。
瞬きを何度も繰り返し、泣き崩れるジュンピョが幻のように消えてしまわないか確認したり、ジュンピョ以上に悲しみにくれるイジョンを何度も見返してみたり…。
空から姿を消しそうになっている夕陽に照らされたジュンピョとイジョンは絵葉書のようで、空想と仮想が入り混じった自分の気持ちがそう見せているのだろうか、などと意味のないことを考えたりしていた。![]()
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慌てて目をパチパチする先輩を想像して、1人で赤くなっているチョコであります