~happiness~
「確かに、史上最低のクリスマスでしたねぇ。
淋しかった気持ちもわかるけどやっぱり浮気ってのは……」
彼女は微かに非難の色を瞳に滲ませた。
真っ直ぐそうな彼女はそんなズルイ考え方など理解できないのだろう。
前方をみれば、赤いサンタのおじさんのところまではもう少しというところだ。
「そろそろ、順番だね」
「あ、ほんとだ! お話が面白くって気がつかなかったです」
「ありがと。この年まで生きてると色々なクリスマスがあるのよね。
最低のクリスマスで話を締めくくるのもなんだから、楽しかった思い出を最後に話そうかな」
「あ、それも是非聞きたいです!」
「とはいっても、その彼との始まりは楽しくはなかったような気もするけどね……」
チキンまでのあと少しの間、わたしは笑顔が素敵な彼の話を始めたのだった。
*
「じゃぁ、1番が4番にあ~んって食べさせてくださぁい!」
「えっ、またぁ~。なんでいつも一橋さんと雪乃なのぉ~」
不満そうな女子たちの声にうんざりしてるのはわたしの方。
大体、数合わせで来ただけなのにこの拷問は一体何?
馬鹿馬鹿しくなって席を立とうとすると
隣に座った4番……いや、一橋さんに手首を掴まれ引き戻された。
「途中で逃げるのはズルイよ。はい、あーん」
端正な顔をした人は口を開けた間抜けな顔をしても
様になるということをそのときわたしは初めて知った。
おざなりに彼の口内にタコ焼きを放り込むとあちちと驚いた顔をする。
「ねぇ、普通さ、ふーふーとかしてから食べさせてくれるんじゃないのかな」
氷の入った水を飲みながら彼はわたしに畳みかけてくる。
「あ、ごめんなさい。気の利かない女で」
「……雪乃ちゃん、つれないな」
叱られた子犬のようにしょんぼりする彼に一瞬だけ胸が痛んだ。ほんの一瞬だけ。
こんなくだらないゲームには興味がないのだ。
早く帰ってテレビでもみようと気持ちを決めた。
大体、クリスマスまでに彼を作ろうなんて、
そんな無謀な趣旨の合コンに断り切れなかったとはいえ
参加したわたしがバカだったのだ。
「あの、わたし門限があるのでお先に帰ります」
会費を置いて足早に店を出たわたしを
誰かが追いかけてくる気配がする。
「雪乃ちゃんっ!」
この馴れ馴れしい声はさっきの4番だ。
まだ何か用があるのだろうか?
もしかして置いてきたお金が足りなかったとか。
振り返れば、はぁはぁと息を弾ませた彼がわたしの前で止まる。
「ねぇ、怒ってるの? さっきのこと」
心配そうに彼はわたしの顔を覗きこむ。
「べ、別に……ただ、門限あるから」
「あのさ、また会えないかな?
俺、雪乃ちゃんが隣に座ったときからずっと気になって」
「……そうやって女の子をいつも口説いてるんだ。
一橋さんならみんなホイホイついてきちゃうんじゃない?」
――あんたみたいな軽そうな男には軽い女の子がお似合いよ。
そんな言外の意味など彼は解した様子もなく
ニコニコと首に巻いた質のよさそうなカシミアのマフラーを巻き直す。
「俺の名前、憶えていてくれたんだ。嬉しいな」
あぁ、どうしてこの人はたったそれだけのことなのに
こんなに幸せそうな顔かできるのだろう。
「べ、別に憶えてたわけじゃないわよ……みんながあなたのこと騒いでたから」
「ふぅん。それでも雪乃ちゃんが俺の名前を憶えていてくれてほっとした」
「な、なんで?」
「だって、なんだか怒ってたし。俺のほうなんかちっとも見てくれてなかったから」
「……。」
柔らかな笑顔で彼はわたしを真っ直ぐに射抜く。
「今日の合コン、本当は数合わせにって無理矢理連れてこられたんだけどね。
だけど、雪乃ちゃんが入ってきたの見たとき来てよかったって思ったんだ」
一目惚れってやつかな? 彼はそう言って笑った。
*
結局、その日の合コンはみんなで楽しく盛り上がったらしく
クリスマスの連休をみんなで遊ぶことにしたから雪乃もおいでよなんて言われて
わたしは結局スキー場へと向かうワゴン車の中にいた。
クリスマスに一人でいるのがつまらない、なんてこともあったけど
本当はあのときの一橋さんの言葉が気になっていたから。
メンバーは5人で女子3人、男子2人。
「ねぇ、一橋さんは?」
「あぁ、アイツ仕事が入っっちゃったんだって。後輩がミスったらしいよ。
……って、なんだ、ミカちゃんもアイツ狙いかよ?」
「えぇ、だって一橋さんかっこいいもん! でも原田さんだって面白いから好きだけど」
彼が来ないなら来なければよかったな、とものすごく後悔する。
ミカと原田さん、マミと斉藤さんはなんとなくいい感じみたいだ。
わたしはお邪魔虫みたいにゲレンデで何してろっていうんだ。
そんな嫌な気持ちを抱えたまま車は一路、スキー場を目指していたのだった。
「ねぇ、本当にいかないの?」
「うん。ここでのんびりコーヒーでも飲んでるからミカたちは行っておいでよ!
ここからだって花火なら見れると思うしね」
「ごめんね~。なんか置いてっちゃうみたいで悪いんだけど」
「ううん。気にしないで? 寒いの苦手だし。それより楽しんできてね」
「ありがと~。一橋さんも来られればよかったのにね」
案の定、ミカもマミも原さんたちと昼間のゲレンデでカップル成立したらしく
楽しそうに外へと飛び出していった。
イブの夜にこのゲレンデで花火をみたカップルは幸せになれる。
そんな言い伝えもわたしには無縁だ。
――なんで、来ちゃったんだろうなぁ。
クリスマスイブの夜、一人でスキー場にいるほど間抜けなものはないと思う。
カップに半分以上残ったコーヒーはもう冷めて冷たくなっていた。
部屋に帰ろう、そう思って立ち上がったときだった。
「雪乃ちゃん! ここにいたんだ! よかったぁぁ」
「一橋さんっ! お仕事だったんじゃないんですか?」
「なんとか終わらせて車飛ばしてきた! 原から雪乃ちゃん、寂しそうだって聞いて……」
「別に寂しくなんか……」
言いながら、緩んでしまいそうな頬を隠したくて下を向いた。
本当はわたしの名前を呼ぶ彼の声を聞いたときも
彼が息を切らしてこっちに走ってくるのをみたときも
飛び上がるくらい嬉しかった。
会ったばかりの人にこんな気持ちを抱くなんて不思議だけど
それがきっと恋なんだろう。
「まだ、間に合うかな、花火」
「うん、きっと大丈夫だと思う。ほら、いこうか?」
差し出された手をそっと握れば優しいぬくもりに包まれた。
クリスマスイブの夜、わたしたちの恋は始まったのだ。
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