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loneliness

「ね、楽しくないクリスマスの話だったでしょ?」


なんとかあの夜のことを話して
無理矢理おどけたように笑ってみせれば女の子もそれにつられて力なく笑う。


「でも、あの、えっと……」


「……ん?」


言おうかどうしようか迷っているみたいに女の子の視線が宙を泳いだ。


「彼氏、裏切っちゃったん、ですよね? なんで……」


「なんでだろうね。大好きだったんだよ。本当に魔が差したんだと思う」


「魔が差したって、意味わかんないです!」


「人間ってさ、すごく弱くなるときあるでしょ? 
そんなときに優しく手をさしのべられたらあなただってわからないわよ?」


「……そんなことない、と思います。彼が大切だから」


――わたしだってそう思ってた。


誰よりも何よりも大切な人を裏切るはずなんてないって。



 


「クリスマスイブの夜は絶対に空けるから、堪忍」


申し訳なさそうな彼の声ですら
わたしには苛立ちを募らせる材料にしかならなくて
これ見よがしにため息をついた。


「いいよ。お店休めないでしょ? 
パーティのセットとかメイクでお店も書き入れ時って言ってたじゃない!」


「せやけど、ちっともあんさんに会うてなくて寂しいのはわても一緒どす」


「……。」


彼の声に切ない響きが感じられてわたしの心はまたぐらついてしまう。


ヘアメイクアーティストとして雑誌でもよく名前をみかける彼が
自分の担当になってくれたとき、わたしはもう瞬殺で恋に落ちた。


理屈なんて関係ない。
彼がわたしの髪を梳いてうなじに触れるだけで
ドキドキして。胸が痛くなって。


美容院なんて3カ月に1回しかいかなかったわたしが
2週間に1回、彼に会いにいくためだけに予約を入れる。


それが何回か続いたころ、
来客カードに彼の連絡先の入った手書きのメモが入っていたときは
もう失神するかと思ったくらいだった。


その夜、彼の仕事が終わったころを見計らって電話して
私たちは初めてデートをした。


普通のOLとヘアサロンに勤める秋斉さん。
仕事は全然違うけれど、趣味の多い彼と話していると本当に楽しかった。


中々揃わない休みをやりくりしてわたしたちは
順調に愛を育んでいると思っていたのだけど
あまりにも違う環境が少しずつ二人の間に亀裂を生んでいたのだった。


「ね、明日は定休日でしょ? わたし有休とったから!」


「あのな、急に雑誌の撮影が入ってしもて……堪忍」



堪忍、堪忍、堪忍……。


そんなことがずっと続いてわたしの心はもう限界線を越えていたのかもしれない。



年月を重ねて腕をあげていく彼はどんどん忙しくなって
わたしを置いてどこか遠くの世界に行ってしまう、そんな闇がわたしを襲う。




「いいよ。……イブは友だちと遊ぶから」


自分の吐いた言葉に胸がぎゅっと苦しくなる。
ともだち、じゃない。本当は男の人、とだ。



「ほぉか……あんさんのために予約も早めにストップしたんやけど。
ともだちと別れたら電話しぃ。待っとるさかい」


「う、うん……。だけど遅くなると思うから……わたしのことは気にしないで?」


「わてが雪乃に会いたいんや。せやからずっと連絡待っとるさかい。ほな、また。おやすみ」


切れた電話の向こう側。
彼はいったいどんな顔をしているのだろう。


もしかしたら、と思う。彼は気づいていたのではないかと。





「雪乃……?」



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張りつめたような静寂に掠れた彼の声だけが切なく響く。


「藍屋……?」



俯いていたはずの古高さんが秋斉さんを視線の先に捉えて驚きの表情を浮かべている。


「古高やないか? あんさん、こないなとこで何を……」


言いかけて秋斉さんは言葉を止めた。

わたしと古高さんの間に流れるただならぬ空気を察してしまったのだろう。


いや、そんなことはどうでもいい。
この2人はどうしてお互いを知ってるの?


「見ればわかるやろ? 恋人と喧嘩中や。あんさんこそ雪乃の名をなんで知ったはるん?」


苛立ちの色を濃く滲ませた古高さんの声が響く。


自分の恋人を他の男に恋人と言い切られた秋斉さんは
一瞬だけ眉根を寄せて、綺麗な笑みを浮かべた。


「わてのお客はんや……。
まさかあんさんにこないなかいらしい恋人がいたはるなんて思うてもおりまへんどしたけど」

秋斉さんは、もう一度わたしのほうを向いて彼が染めてくれた髪を一筋掬った。


「そろそろ色が褪せてきとります。
だいぶ痛んどるさかい、サロンの方にまた来ておくれやす」


彼はあくまでも客とスタイリストとしての距離を保とうとしてくれているのだ。


「あ、あの……」

「わてが嫌やったら担当を変えてもろてもかましまへん。せやけど……」


あんさんにはいつも輝いていて欲しいから――


そう小さな声で囁いて彼はイルミネーションが光を放つビルの向こうへと消えていく。


その姿があまりに寂しげでわたしは思わず声をあげた。


「秋斉さんっ!」


追いかけようとするわたしの腕を古高さんの手がぎゅっと掴んで離さない。


「高校のときからの腐れ縁のような友人や。
本気で好きになった女がいる言うてたんはまさか雪乃やったんか……」


その言葉に激しく胸が痛む。

本気で愛してくれたのに、わたしは――


「ご、ごめんなさい。わたし……」


刹那、わたしの腕を掴む力が弱くなる。
その手を振り払ってわたしは彼のところに走り出す。



街路樹の向こうに消えた彼に結局追いつくことはできなくて
その日はわたしの史上最低のクリスマスになってしまったのだった。






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