あれは、昭和から平成になった頃、
30年以上も前になるだろうか。
その年の年末、私は入院していた。
その入院の2年ほど前、私はツーリング中に事故を起こし、
道中の縁もゆかりもない日本海の近くの病院に担ぎ込まれた。
骨折していた。
その後のリハビリのおかげで。と言っていいのか、
普通の生活が送れるようになっていた。
ただ、痛みをこらえて頑張ったリハビリも虚しく、と言ったものか。
人より関節の可動範囲が狭い所が残ってしまった。
骨折した部分に入れたままになっていたステンレスの金具。
通常、1年くらいで取るものと言われていたような気がするが、
特に支障がないので入れたままになっていた。
いよいよ、その金具を取る手術をしに来たのだ。
どこの病院に行ってもよかったのかもしれない。
だけど、私はその日本海の近くの病院に行くことにした。
ただ、運悪く仕事は忙しく、
わざわざ入院のために有給休暇を使う事もためらわれた。
なにしろ、元気なのだ。
そこで私は、年末年始の休みを利用して、病院に向かったわけだ。
病院側も私の無理な日程に合わせてくれた。
手術が終わった後だったのか、まだだったのか、覚えていないが、
大晦日の夜。もう23時は過ぎていたと思う。
私は煙草を吸いに、病室があるフロアの待合室みたいな椅子が並んだ場所に向かった。
常夜灯だけが点いてた。薄暗いけど、どことなくぼんやり明るい。
窓の外は冬独特の黒い空。眼下にぽつぽつと外灯や家の明かりが見えた。
大晦日とはいえ、地方の静かな夜だった。
病院の中はもっと静けさに満ちていた。
灰皿の目の前の椅子に腰を下ろして、
何か考えるわけでなく、紫煙を揺らしていた。
すると、「あっ。」と声がした。
声の方を振り返ると、私と変わらない年齢くらいの
若い看護士さんが何かを抱えて立っている。
あ。これは叱られるかな?そう思っていると、
彼女は、私の方に近づいてきて、
「ね。ちょっと、ちょっと来てくれる?」
と言って、私の顔を覗き込んだ。
礼儀正しいと言えば、そうなのだが、
どこか他人行儀な都会の言葉遣いに慣れていた私は、
「ちょっと来てくれる?」という友達にかけるような言葉に、
心がちょっと温かくなるのを感じた。
私は彼女の事は知らないが、
彼女は私が入院している病棟の看護師さんである。
私の事は知っていたのかもしれない。
「あ。はぁ。」
なんだか分からないけど、あいまいに返事をして
煙草を消して付いて行った。
前を歩く彼女。良く分からないまま、薄暗いフロアを付いていく私。
すると、彼女は一つの扉を勢いよく開けた。
そして嬉しそうに、中に声をかけた。
「ねー!若い男、連れてきたよ!」
??
なんのこっちゃ?
そう思って見渡すと、
中には数人の看護師の女性たち。
みんなの視線が私に集まっていた。
えええ?
な、なな何が始まるんですか!?
戸惑っていると、私を連れてきた彼女が言った。
「紅白見てたんだけど、突然、テレビが映らなくなっちゃって。
わかる?」
なるほど。
電源は来ているようなので、アンテナ線をたどって行った。
何かが外れていたのか接触が悪かっただけなのか、
何をどうしたか覚えてはいないが、
すぐに直ったテレビは紅白を映し始めた。
すると、
「やったー!」「さすがー!」と小さな歓声が沸いた。
「ほいじゃ。」と言って出て行く私に「ありがとー!」と声がかかった。
と、まあ、それだけの事なんだけどさ。
ちょっと物語風に書いてみた。
その時は、「若い男、連れてきたよ。」発言は何とも思わなかったな。
私が若い男なんだから、そのままの意味としか思えなかったし、
テレビが映らなくなった。→若い男の子なら直してくれる。
という考えもわかる。
そして、テレビが映って、ほっとしたのもよく覚えている。
期待に応えられてよかった。
後になって思い出してみると、色々期待しちゃうシーンだな。って思うのは、
俺が汚れたのか、エロいものばかり見過ぎたせいだろうか。
でも、おかげでこんな風に話のネタにはなる。