この“シリーズ”で何度も取り上げている、俺の憧れ(?)の友達、“ミッチー”(あだ名)の事を書く。
俺に“無所属”という“スタイル”(?)を示してくれたのは、彼だ。
顔が広く、誰とでも、いろんなグループと“薄く”、平等に付き合える彼の姿に俺は憧れを抱いていた。
(あんな風に他人と付き合えば、楽なのかな?)
そんな風に思えた。
だから、よく遊んでいたし、俺がいろんなグループに顔を出すようになると、彼はよくいた。
徒党
そんなミッチーだが、俺はあまり“憧れ”なかった部分もある。
それはミッチー自身が、己を中心としたグループ(ミッチー軍団?)を作っていた事だ。
以前、『ミッチーの近所の友達らと自転車レース🚴した思い出』(#22 ミッチー 自転車改造編)を書いた。
確かにミッチーは、彼の近所の連中と仲良く、俺もそれに加わっていたりしていたが、ミッチーには彼“だけ”のグループがあった。
それはミッチーの“弟”などがいた“ミッチーを中心としたグループ”だった。
それは言うならば、近所グループの“二軍”のような感じごした。
リーダーはミッチー。
ミッチーの近所の仲間から、ミッチーが“選んだ”、ミッチー“の為の集団(軍団)”だった(と俺には見えた)
“無所属”を決めていたミッチーだが、どうも“自分のコントロールの効く”友達(手下?)が欲しかったようだ。
それは友達というより“手下”といった方が近いだろう。
ミッチーにもそんな一面があった。
“軍団員”はミッチーの弟を中心とした年下、下級生ばかりだった。
俺はどうも、このミッチー軍団が嫌いだった。
というのも、俺自身は近所の仲間と断絶していた。
そんな俺にも弟がいたが、弟の方は俺とは違い、近所の連中と仲良く遊んでいた。
なので、俺は弟や年下と遊ぶ事があまりなかった。
というか、年上連中と遊ぶ奴を小馬鹿にしていた。
このミッチーのように、“下級生や弟”と徒党を組む奴は他にもいた。
同級生や年上とは遊ばないで、自分の“子分”、“手下”としか遊ばない奴。
大人になれば…
つまり、“自分の思い通りになりやすい”人間(年下や下級生)としか付き合わない奴らだ。
俺は、そういう奴がキライで内心小馬鹿にしていた。
大人になり、“自分の小さなグループ”でしか威張れない人間をたくさん見てきた。
俺もそうだったかも?
それは“人の弱さ”だと思う。
誰しもが、他人を自分の“思い通り”にしたい。
だが、出来ない。
ならば、どうするか?
“思い通りにしやすい者”と“小さなグループ”を作る。そこに居れば、常に自分は“強者”だ。
それはよくある話だ。
会社のグループ、ママ友、サークル、仲間…。
そこには、“その場”でしか“居られない者”がいる。
俺たちの子供の頃のグループは、大なり小なりそんな見方ができる。
俺は、そんな奴を(…あんな年下ばかりと遊んで、カッコ悪くない?)と軽蔑していたが、そんな状況になれば、“鈴木軍団”(恥
)を作ったかもしれない。
子供は大人の縮図だ。
ミッチーも、他の奴のように威張りたいし、自分の思い通りの人間が欲しかったのだ。
そして、後年に#52~55のように、俺はミッチーに失望する。
このミッチー軍団は、無所属だった彼(…本人はそうら思ってないと思うが…)の“元値”だったのだろう。
ひょっとしたら、俺もミッチー軍団の一員だったのかな?