無所属少年時代 #47 ミニ四駆コースの思い出(元値) | 鈴木篠千のゲームと釣りと少年時代の話。

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レトロゲーム攻略、釣りと少年時代の思い出の話です。

毎日では無いですが、PM10~11:00に1~3本の記事をアップする予定。

ルール
①高額ソフトはやらない
②攻略本などは見ない。
③地元(浜松)で釣る。
④少年時代(無所属)の話。
(詳細はプロフィールで)

ミニ四駆にドはまりしていたのは、この頃か、少し後(小5)だったかな。



俺はお年玉や“財テク”で貯めたお金💴でクリアボディーのサンダードラゴンを買った。




で、また少ない小遣いの中から強化パーツを購入し、チューンナップをした。

ある程度仕上がると、やはり“腕試し”したくなる。

(そこまで改造してないのに…)


それが以前書いたような、浜北ホビーでのコース走行や、デパート(ユニー?)での走行会への出場(#32 詐欺師たち)が、それだが、大して早くない我が愛機(雷龍号🏎️)プライベート”な場所で、かつ極々身近な人間(弟など…)と競わせたかった。


浜北ホビーや走行会では惨敗するからだ💦



だが、自宅にミニ四駆コースがあるヤツなどいるわけがない。あのコースは相当高かったはずだ。


俺も買えるはずがない。


そんなある日、“苦手な人物”の1人である“気分屋タケシ”(あだ名)から自宅に呼ばれた。


あまり乗り気がしなかったが、行ってみるとそこにはミニ四駆コースがあった!


何と、タケシもミニ四駆にハマっていて、兄と一緒に段ボールで作ったのだ。


俺は何度か、そのコースで走らせてもらった。


コースは2つだけ。

しかも、段ボールをガムテープで固めて接続してあるので、カーブ部分がミニ四駆の“サイドスピン”で削られ、度々穴が空いた。

空くと、そこからミニ四駆が飛び出し、タケシの自宅内を“暴走”した。


今から思うと、何ともボロいコースだったが、俺は満足していた。俺の雷龍号🏎️は遅かったが、別に構わなかった。

こういうコースで、内輪でミニ四駆を走らせたかったのだ。


何度か、親友の“ミッチー”(あだ名)も誘ってタケシの家でミニ四駆を走らせた。


そして、ミッチーのリアクションは俺とは違っていた。

タケシの前では言わなかったが、俺には「ありゃ、ねーだろ(笑)」オエーと言っていた。


それもそのはずである。

ミッチーの自宅からミニ四駆コースのあった浜北ホビーは近く、彼は気軽に本格的なコースで走らせることが出来たからだ。


…ちなみに浜北ホビーのコースは無料開放されていた、と思う。


俺としては、そういう本格的なコースに来るヤツのミニ四駆はそれなりに改造されていて、そこそこ速かった。

俺の雷龍号🏎️は名前倒れの“ほぼノーマル使用”🏎️

チューンナップと言っても、安価なパーツとミッチーからもらった古いパーツを取り付けたのみである。


イイダトーイ(別の玩具店)にも出入りしていた俺は、自身の愛機の性能をよくよく知っていた。


なので、プライベートな極々“狭い範囲(の友人など)”での走行を希望していた。


今から思うと、相当腰が引けているヤツだ。驚き驚き驚き



このブログの子供の頃の話を書いた記事には、必ず俺が“勝ちたがる”エピソードが出てくる。


俺だけのゲーム。

俺の為の仲間

俺が勝てるコース…。


この頃の俺は、“無所属”と言いながら、誰かに勝ちたくて仕方がなかったようだ。

子供時代によくある、他者との比較で“上”に立ちたかったのだ。自己顕意欲が高かった💦


その一つがこのミニ四駆コースだった。


とにかく『自分の勝てる戦い』(パワーゲーム)しかしない。そんなヤツだった。

無理して“出ていけば”、実力の乏しい俺など、すぐに“潰される”。それを理解していた。


だから、無理して他人やグループに加わらない。

“自分のテリトリー”を把握していた。


ミッチーやタケシあたりはそれに早くから気付いていて、彼らなりの“無所属”(独立)をしていたのだろう。

俺は、気付くのが遅かったのかも。


自分の“小さなテリトリー”でしか戦わない“腰抜け”…。

そんな子供だったなぁ…。


今、俺は40を越え、たまにそうした“大人”を見ると辟易とする。

自分の身を守る為、自分の力の及ぶ“小さな範囲”を必死に守る腰抜け…。

その“範囲”(テリトリー )からは絶対に出ない腰抜け。

己の力の“限界”をしり、絶対に他所とは争わない腰抜け。


そんな腰抜けな大人を見ると、思う。


(…この人、まだこんな感じなんだ)

(腰抜けだなぁ)

(…なんて臆病なんだろう)

(恥ずかしくないのか?)


きっと子供の頃からそうだっただろう。それが大人になっても変わらない。


は、そう簡単に変わらない、変えられない。

子供の頃の“臆病”は、大人になっても臆病だ。俺がそうだから…。


俺はそれを『元値』と密かに呼んでいる。


人間の元来の価値、根本的な考え方だ。

そこから今があると思う。

人生において、様々な体験をする。それを皆、元値に掛けるのだ。

基準がそれだから、どんなに大きくなっても、元値は変わらない。元値は不変だ。

人間は変わらない。人間の元値もまた変わらないのだ。


『あの人は最近、変わったね』と言っても、それは『変わった』風に見せていたり、元来の“自分”とは違う意見、雰囲気、考え方を加味しているだけで、根本は変わってはいない。

突き詰めたら“元値”が見えてくる。


そして、そう書いている俺の“元値”もまた変わらない。
年齢が進み、大人になり、嫌なことや良いことがあり、それなりに経験を重ねてきた。

しかし、俺の“根本”(元値)は変わっていない気がする。

ただ、『人は変わらない。元値は変わらない』ということは分かっている。
それだけでもマシかな?、と思う。