ひとり寒空の下で立ち尽くして待つのは、待つという行為よりも気温の低さに対する身体への挑戦、 あるいは修行のようである。
梅雨の切れ間とはいえ、昼間は真夏を気取るような日差しが容赦なく照りつけていたというのに、
陽が暮れてしまえば、日中に熱し上げた気温をこれでもかと下げてゆき、
半袖を着てのほほんと出待ちでもしてみるかなと、浅はかに考えてしまった自らを恨んだ。
周囲にたむろする出待ち慣れている達人たちの格好を見れば、一目瞭然。
類いもれなく長袖を着用し、暖を取るように個々の群れを作って、
長丁場に供えてか飽きがこないよう、御贔屓にしている芸人の話に興じている。
私のような群れ無き新参者は、妙に目立って仕方が無い。
手持ちの本を読むという選択肢もあったのだが、夢中で読んでしまう傾向にあり、
このおかげで何度となく降車駅を乗り過ごし、よくわからぬ駅まで行ってしまう性分なので、
キャーキャーと黄色い声援が飛び交おうとも、知らぬ間に通り過ぎて行ってしまう可能性は大きい。
よって、やることも無く不動明王のように立ち尽くし、達人たちの視線からも逃れようと、
見据えていなければならない出口とは違う方向に、睨みをきかせるような天の邪鬼なことをした。
ここに会話をして過ごせる友人でもいれば、心強いところなのだが、
たった一人でゴドーを待つようなもの。
沈黙と共に冷えた両腕を抱えるようにして、じっとするしか他がない。
普段ならもう少し早く出てくるようで、達人たちのグループもこれはかなり遅くなるなと
長年の勘を働かせ、徐々に離散してゆく。
多くの者達が今かいまかと待ちわびていたこの場所も、かなり閑散としてきてはいるが、
一度離れては舞い戻るというスタイルを取る者もおり、完全に人が居なくなるということはない。
本日は出演者が多く、パニック的なものを避けているのか、どうも一斉には出て来ないようだ。
そこへ三名の芸人が建物から姿を表し、慣れた様子で群がる達人たちの対応をしていたが、
こちらはどうも勝手がわからず、無闇に近づくのを避け、若々しい常連の方々を眺めていた。
ここまできて、近寄れない勇気の無さもあるのだが、彼らはお目当ての芸人ではない。
達人たちが定位置に戻り、対応の済んだ芸人たちが通り過ぎるのを横目に、再び静寂が訪れた。
ふと携帯で確認した時刻は23時。
1時間立ち尽くしている事実から早く逃れたい気持ちと、まだ終電まで時間があるという気持ちに、今日は手持ちが少し多いからタクシーで帰ることも想定しつつ、しかしながらそれは避けたい経済的事情を孕みつつ、結局はここまで待ったのだから後へは引けないぞという思いが交差して、早く出て来いと心中祈願しながら待った。
どれくらいの時間が過ぎたろうか、出口から少し離れた遠くの暗がりに、白シャツで天然パーマの男性が大荷物を携えて、すーっと歩いて出てきた。
遠くて暗い場所ではあったが黒縁眼鏡で確信を得た私は、どこから湧いて来たのかわからぬ勇気に後押しされ、根をはる寸前の足を一歩踏み出し、か細い声で「マツモトさん」と声をかけた。
マツモトクラブ
