連日の蒸し暑さが、夏の到来を告げるどころか夏真っ盛りではないかと抗議したくなる7月前半。
このまま8月、9月、すすんで12月ともなれば気温が上昇し続けて本当にどうなることやらと、
漫才のお決まりネタのようなことも、言いたくなってしまうぐらいに暑い。
人混みに入るなどもっての他ではあるが、こと夏祭りになると話は別で、この風物詩を堪能せずに過ごせまいと日焼け止めを入念に塗込んで出掛けた。
夕方を迎える時刻にはなっているものの、夏の主役は私だとばかりに日の入りも遅れているため、
いつまでたっても暑いままである。
神社付近に辿り着いたころには、すでに酒でも飲んだような赤ら顔で、日焼け止めの効果が望めないことを悟った。
石鳥居をくぐった参道の両端には、子どもたちを魅了する屋台が立ち並んではいるが、まだ始まったばかりと見えて食べ物を作る以外の暇な屋台の店主などは、煙草をくゆらせながらスマホに興じている。
だんじりの宮入が始まるまで、お参りがてら屋台見物でもしようかと境内散策。
参道が長めの杭全神社には、併設している公園も含めて数々の屋台が軒を連ねており、
金魚すくいや鰻つりなどの水遊びや、かき氷などの清涼感ある屋台を見かけるたびに夏を実感した。
金魚は持ち帰って飼うとしても、うなぎはどうするのだろうか。
飼うのか食べるのか、神社という神聖な場所で運命が決まる切ない遊びだ。
公園の広場には、手作り感を全面に出したレトロな風情のお化け屋敷が出展しており、
屋敷の前では色とりどりの浴衣を着込んだ子どもたちが中の様子を伺っている。
太鼓をどろどろどろっと叩き「陽気なオバケが出てくるよ~、楽しいオバケが出てくるよ~」と、
怖がる子どもたちへ呼び込みは柔らかめに、カップルには怖さを強調するなどの強弱をつけて、
即座に客のニーズに見合った文句で呼び込むおじさんのマイクパフォーマンスも見事なものだ。
名残惜しそうな太陽の放つ光に満ちた空に灰色雲の一団がやってきて、
弾け散るソーダ水の雨を降らせる。
一時のお湿り程度の降りとはいえ、だんじり関係者はやきもきしていることだろうと思ったが、
案外にも笑顔満面にスマホを上に向けて写真を撮る若い女性たちもちらほら。
彼女たちと同じ方角へ目を向けると、ちょうど東の空に立派な虹が掛かっていた。
宮入の日に、なんとも縁起がよい兆し。
今はまだ遠くに聞こえるお囃子だが、すでに誘われた人々が通りに集まり出している。
早朝から深夜までを練り歩く九基のだんじりは、行く道順も町内の結界をなぞってゆくかのようで、道々に流し込むお囃子により、一年間に起った一切合切を浄化しているようだ。
宮入の日とはいえ、拒むように鳥居をなかなか潜らないのが平野のだんじりで、
各町内ごとに違った趣向の見せ場を屈強な男衆が技と体力で演じる。
太陽がすっかり顔を隠した頃、瞬く星々を蹴散らす紅いの提灯に彩られた地車が勢いよく
杭全神社前の交差点に飛び込んできた。
鳥居まで近づくと引き返す、行ったり来たりを繰り返し、法被姿の勇ましい男衆が、まいまいという掛声とともにだんじりを回転させ、屋根に乗る者、地で引く者とが一心になる。
飛び交うジェット風船が空を切るとき、観客をも巻き込んでの最高潮に達して、
いよいよ宮入へ向けて、だんじりが動き出す。
ほんとに、入るか、入らないかの駆け引きが、また再び始まった。
