22時から始まるトークライブ「ヘイヘイトーク」へ行くため、有楽町線に飛び乗った。
初めての千川。
この催しを見に行くことがなければ、千川という土地の名も知らぬまま暮らしてたのだろうと思うと不思議なものである。
初めて行く場所というのは、たとえ乗換えもなく乗車さえすれば行けると保証されている場所であっても、到着して降車するまでピンと背筋を伸ばしたままで緊張が取れない。
車内アナウンスが駅名を告げるたびに耳をそばだてて、そわそわしている間に千川駅に到着した。
路線と最寄り駅、終電時刻だけを記したメモを片手に3番出口から地上へ這い上がる。
先程までいた有楽町とは打って変わり、飲みにまみれてごった返す人々の喧騒も姿を潜め、
浮かれた様子もなく住民たちが営む普段の暮らしを感じさせる場所だ。
さて会場の千川びーちぶとは、どちらだろう。
ホームページには駅出口より徒歩30秒と記されていたため、すぐに判るだろうと高を括り、
妙な安心感からろくに地図も調べずにいたが、それらしき建物が見当たらない。
弱い雨とはいえ、濡れたまま彷徨いたくはないので、弱々しく折り畳み傘を開いた。
建物の外でたむろする客たちを想像していたのだが、すでに開場時間は過ぎているせいか、
お客らしき人々が全く見当たらず、刻々と迫る開演時間におのずと過呼吸気味になって、
焦らずにはいられない。
駅から排出されてくる人々は、こぞって前のコンビニに吸い込まれてゆき、
だれもトークライブ目的でこの駅に降り立った様子はない。
途方に暮れている私の前を、お客さんとおぼしき二人連れの女性が通って行った。
この人達に希望を託そう。
すでに彼女たちとは距離があいているので、見失わないようについてゆく。
表通りから路地へ入り、角を曲がって、どんどんと駅から離れてゆく。
駅から徒歩30秒という説明だったが、彼女たちは楽しげに会話しながらの歩みを止める気配を
微塵も感じさせず、まだ目的地ではないご様子を伺わせ、街灯も乏しい先へ先へと進んでゆく。
案内人を完全に見誤ってしまったことに気がついた時には、開演時間7分前を示していた。
スマホのようにスムーズな検索はできないが、ポケットからガラパゴスと称される携帯を取り出し、なんとか会場のホームページまで辿り着いて、アクセス欄を覗くも地図が見当たらない。
別のページへ飛ぶ操作をするが、携帯の小さな画面はこちらの事情など知ったことかと、
ジワジワ持ったいつけて、たっぷりと時間を掛けてから見当違いのものを表示する。
充電具合を示す電池表示が半分以下になり、焦ってくじけそうなる気持ちを振り払うように、
再び駅前のコンビニまで早足に戻りながら、会場の連絡先をブツブツと怪しくつぶやいて暗記し、検索画面を閉じてから電話を掛けた。
無情にも連呼する呼び出し音で、気が遠くなりかけた時、車道を行き交うエンジン音に紛れて
受話器の向こうで応答する女性の声を捉えた。
初めてきたこと、迷っていること、ライブに行きたい思いと見える周辺の風景を伝える。
焦って同じことを繰り返す私の電話を根気よく聞き、状況を把握した彼女は、
開演差し迫るこの忙しい時間にも関わらず、コンビニ前まで迎えに来てくれるという。
なんて親切なんだ! 口答案内ではなく、来てくれる。
安堵のため息がいっきに肺から押し出された。
開演2分前。
ほどなくしてコンビニ前へ迎えにきてくれた彼女は、不安げなのに安心したような複雑な顔をしている私を気遣い、初めてだとよくわからないでしょうと声を掛け、では行きましょうと踵を返して歩みを急ぐ。
ふたこと三言会話をかわしつつ、早足で前を行く金髪の女神に導かれながら、
千川びーちぶの階段を降りた。
