公私ともに節分とかこつけて、夜にベランダから道路に向けて豆をまいた。
野良猫や鳩に餌をやることで、糞尿の臭いや衛生面でもひとつも良い事はなく、
小動物も生きているんだからぁー、私はいい事しているんだからぁー、
それを非難するなんてぇー!キー!どうしてそんな非道なことができましょう!
といった命は大切なのよという正義を盾にはた迷惑な行為を正当化して、豆を投げているのではない。
鳩に餌を与えるために、夜に大豆をまいているわけではないのだ。
これは神事。
年に1回だけ「福はうち」と小声で厳かに豆を1粒づつ投げる。
ご近所のご迷惑にならないよう上品に小声で唱え、バラバラとアスファルトを打つ音が騒音にならぬよう大豆は1粒づつと決めている。
これが終わると歳の数だけ豆粒食らい、今晩のメインディッシュ自家製太巻きを食す。
否、豆粒はメインの後にしよう。
最近では歳の数が多過ぎて、単調な味に飽きてくる。
それならばと残りを一機にほほばって砕くと、きな粉となった大豆が口内の水分を全部持ってゆき、むせたあげくに極楽浄土の夢を見そうになるのだ。
鬼よりも、嚥下能力低下の方が何十倍も恐ろしい。
さて今年の恵方がどちらだろうかと、南南東らしき方角を向いて食べ出した。
地方によっては、口から話さずに食べるのだとか、しゃべるとダメだとか、ルールが厳しいようなのだが、自分で作った太巻きなので、短めに切って食べやすくしてある。
黙々と只もくもくと食べ、今年の節分も無事に終える事ができた。
節分とは不思議な行事だなぁ。
願い、喰らい、投げる。
日本は古来より神事と食事が深く繋がっている。
食事をメインに持ってくるようにした行事は、だいたい定着して食品産業を発展させ、経済をまわしているのだなと、日本経済のほんの些細な事柄だけが少し頭をかすめて、すぐに消えて行った。
さて、やり遂げた満足に浸りながら寝よう。
なにこれ、マジ、餌だらけじゃん!いえーい!
歓喜する鳩の大合唱によるリアル鳩時計で目覚める、2月の朝を迎えた。
