うらめしや、おもてにゃ出ないで欲しいもの | 昼寝をしないと 夜も落ち/\眠れない

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おじょぉ の詭弁に満ちた日々

幽霊はおぼろげなものではなく、生きている人間と変わらないくらいの実態があり、丸山応挙の想像したものとは違い、実際には足もあるし、立派に歩くのだそうだ。

霊の類いとの遭遇を果たした知人たちはこぞってそのように話すので、それでは日常すれ違う人だって本当は幽霊の可能性だってあるではないかと皮肉った疑念を発してしまうが、そうかもしれないねえと知人達は余裕な様子で否定もしない。

霊体も人間だけに留まらず、猫や犬など動物であった事例も耳にするし、様々なものが化けてでるようだが、なにか法則のようなものがあるような気がしてならない。

よく言われているのがこの世に未練がある場合というもので、恨みだか心配事だか、
なにかしら気になって仕方がないような思いが募ってしまっての不成仏。

とはいえ人類が誕生してから、脈々と流れる時間の中での生き死には有象無象にあるわけで、
残留未練を抱いて亡くなることなど少なからずあると思われるが、遡ってみても落ち武者止まりの目撃情報くらいで、縄文人や石器人、さらに逆戻しして原始人の幽霊を見たという人がいないのは何故だろう。


犬、猫などの動物とて霊として存在しうるのであれば、弱肉強食の連鎖の中、無念にも捕食された動物たちが霊として姿を表さないのは何故だろう。
アフリカやアマゾンは動物霊だらけになるかもしれないし、海中にも魚類やプランクトンがひしめきあっていてもいいようなものだ。

天変地異で絶滅したとされる恐竜も出て来なければ、古代生物も徘徊していない。

そもそも捕食される動物に未練など思考する脳構造になっていないとする仮説もあるだろうが、
種を残すという生存本能も備わっている訳なので、全くないとも言い切れなくもない。

幼少期から、ふつふつと思い続けている疑問だ。
そこで、ひとつの仮説として、幽霊にも寿命があるのではないかと考えた。

ある一定の期間限定でご本人登場!といった具合になっているのではないかというもので、
これなら、大昔の亡者たちが現れないことにも納得できる。

そういえば先程台所で遭遇した黒光るあの虫も、以前スプレーをかけて昇天させた無念で
化けて出たものだとしたら、それはまぁ馬馬虎虎、そっちの方が、まだましかも知れない。

いや、やっぱり嫌だな。