アメリカ・ジェイル体験⑤『ユー フロム ロサンジェルス』最終回


週明けの月曜日。
あの事務官の言葉によれば、私の裁判の日だ。
私は朝から緊張と不安でいっぱいだった。
朝食の後、房の人たちは、そんな私に、裁判に向けてのいろいろな励ましの言葉やアドバイスをくれた。
「絶対、大丈夫だ。ここは毎日メキシコからの不法侵入者で    手一杯だ。お前みたいなトンマな罪のヤツを、何日も拘束    しておく房は、とてもないからな。」
と、ボスは、保障してくれた。絶対、今日のうちに釈放だと。

昼食後、3時頃だろうか、私は、看守に名を呼ばれた。
その声がかかると、「グッド ラック!」、「ドン ウォーリイ!」など、みんな口々に言ってくれた。
房の鉄格子を出ると、私は再び手錠を掛けられた。
他の連からだろうか、5,6人の人がすでにいて、私達は、1列になって法廷へと連れて行かれた。

法廷は、小体育館のようなところで、
正面に、裁判官の立派な机・椅子があり、私たちは、中央の床ではなく、ホールを巡っている1段高い、ギャラリーのようなところに座らされた。
そこには先客がいて、私は10番目くらいだった。
かなり待った。書記や検事らしき人が2人来た。でも、裁判官はなかなか現れず、私達を待たせた。床のところに、弁護士らしき男性が1人いた。

やがて、とうとう裁判官が登場した。
黒ずくめのマントで、勇ましく身を包み、四角い学者帽子をかぶっている。頬にかかる一房の紐結び。誇り高く、威張っている。
そして、おごそかに小槌で板をトーンと叩き、朗々たる声で裁判の開始を宣言した。

並んでいるほとんどの被告人は、メキシコからの不法入国者らしく、スペイン語しか話せない人が多いのか、通訳の女性が呼ばれた。
裁判官は、次々と、時間の消エネとばかりに裁いていく。
私は裁判官の英語がほとんど分からず、困っていた。
そうするうち、いよいよ私の番になった。
弁護士が、私のすぐ前に移動してきたので、私は、
「日本語の通訳の人を願えますか?」
と聞いた。が、答は「ノー。」だった。

検事らしき人が私の罪状を読み上げ、裁判官は、私に一言問うた。
でも、その英語がわからない。
私は、困り果て、弁護士に助けを乞うた。すると、弁護士は裁判官に、
「彼は、日本の留学生で、英語に不慣れであります。
 やさしい英語でお話くだされば、幸いです。」
と言ってくれた。そこで、裁判官の言葉が変わった。今度は分かる。
 裁判官は言う。
「君は、自分の有罪を認めるか?」と。
私は、返答に迷った。冷や汗が出る。
罪を認めると言うと、有罪がきまりプリズンに行かされそうな気がした。ここは、逃亡の意志はなかったことを訴えるべきなのだろうか。でも、それでは裁判でずっと闘っていくことになりそうだ。その間ずっと拘留だ。そんなの無理だ。
私は困り、そばの弁護士に小声で聞いた。
「イエス、ノー、どちらがベターですか?」
すると弁護士は、「セイ イエス(「はい。」だ。)」と小声で教えてくれた。
「イエス!」
と、私は、裁判官に言った。

で、それからの裁判官の判決は、不思議なほど完璧に理解できた。
「君の罪は、罰金500ドルに相当するが、3泊の拘留          で、“自由”を捧げたことは、500ドルのつぐないに相当    する。よって、罰金は帳消しとなり、釈放である。」と。
『わあ。』と私は、心で叫んだ。
 たった3日の拘留で、500ドルのお金を払ったことになるなんて。
「うそみたいだ。」と感激した。
お金を払わず、裁判を選んでよかったと、つくづく思った。

房舎に帰った私は、早速、中にいるみんなに報告した。みんな、「いいぞ!」、「よかったな!」、「おめでとう!」などと喜んでくれた。
 廊下の奥にボスがいたので、抱きついてしまった。
「ボスの言う通りだったよ。罰金の500ドルもチャラにな    った。」
「だから、言っただろう。」とボスは優しい顔をしていた。

釈放は、すぐにではなかった。
諸手続きがあるので、しばらく房の中で待つようにと言われた。
房に入り待ったが、よい判決後の時間は、ものすごく長く感じられた。2時間は待ち、午後の6時ごろになっていた。
やっと看守が来て、房の鍵を開けてくれた。
いよいよだ。みんなともお別れだ。
私は、みんなの房を一回りして「ありがとう!」をくり返した。
「元気でな!」という声をたくさんもらった。

いざ、房舎を出るとき、廊下にいたのは、モップを持ったボス一人だった。
彼は、私を出口の鉄格子の扉のところまで、見送ってくれた。
私は立ち止り、
「ありがとう。ダンスパーティー、楽しかった。」
と、ボスの目をしっかり見て言った。
「礼を言うのはこっちだ。お前のおかげで楽しい週末だった。」
とボスは言う。

私は、ここでの唯一つの荷物、手にタバコの入ったビニール袋を持っていた。
私は、あることを言いたかった。でも、少しの勇気が必要だった。
私は、ビニール袋を見せて、
「彼は、この袋を ボクにタダでくれたんだ・・。」
続けた。
「その・・つまり・・彼は・・いい人だと思う・・だから・・。」
と言って、私は口ごもってしまった。
ボスは、私に、
「お前の言いたいことは、わかった。」
そう言って、彼の大きな手で私の肩を叩き、
「ヤツは もう大丈夫だ。いじめやしねえ。約束だ。」
と、なんとも言えないいい笑顔を見せた。
私は、うれしくて笑みを返した。

「バイ!」と私が振り向こうとすると、ボスは、
「ユー フロム ロサンジェルス。」と言って、何か意味ありげに、ニヤリとお茶目な表情を見せた。
私は、とっさに意味を解せず、かすかな愛想笑いを返し、看守と一緒に鉄格子をくぐった。
歩を進めながら考えていた。
ロサンジェルス・・ロス・エンジェルズ・・天使の町・・お前は、天使の町から来た・・。
「あ!」
鉄格子の扉が、ガシリと閉まったとき、わかった。
私の胸に感激が走り、私は、思わず鉄格子に振り向いた。
ボスは、まだ格子の向こうで私を見送っていた。
私は、「わかった!」というサインを出し、満面の笑みを浮かべ、彼に向かって大きく手を振った。
ボスは笑って、小さくモップを持ち上げると、早く行けという合図を見せた。



着替えを終え、車のキーを返してもらい、ジェイルの外に出ると、日は暮れていた。
空を見て、私は大きく息を吸い、“自由の身”をかみ締めた。
ジェイルのそばの駐車場に私の車が運ばれているとのこと。
私は、駐車場に向かい、走った。

 

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