アメリカ編第2部 ⑤ 「ファースト・キス」


        

1週間がたった。
レレイと私は、毎日リハビリセンターに通った。
レレイは、自分の時間が空いたときも、一人で行っていた。
レレイは、今、普通の椅子に座って手を使わないで立ち、また立ったところから、座れるようになっていた。
これは、これは足全体の筋肉が回復したことで、大きな進歩を意味していた。

私はレレイのお母さんから、レレイの車への乗せ方と、降ろし方を習った。
(実際は、レレイはその必要がないくらいになっていた。)
そして、次の日曜日、レレイと「フレンチクオータ」に遊びに行きたいと言った。お母さんは、トイレが心配だと言った。私は、ストリートの真ん中の、観光案内所の中に、車椅子用のトイレがあることを伝えた。
私が、男女のトイレにいけないでいたとき、苦労して見つけたところだった。それで、お母さんは、OKしてくれた。



日曜日、レレイを迎えに行くと、レレイは、可愛いワンピースを着ていた。一方、私は、細身のジーンズに男の子っぽい緑の厚めのセーターを着ていた。わざとノーメイクで行った。レレイのヘルプのため、スカートは避けた。
私は、レレイを車の助手席に上手く乗せることに成功した。
車椅子を畳んで、後ろ座席に入れる。ご両親に見送られ、手を振った。

「ジュン、今日男の子っぽい格好で着てくれたの?」
「うん。これがぼくの精一杯。これでも、女の子に見えちゃ     うでしょ。」と私。
「うん。ジュンは、もともとが可愛いから。」
「男装の女の子に見られちゃう。声を出したら1発。だから     大学へいっそのこと女の子の格好でいくことにしたんだ。
 それに、ぼく女装するの好きだから。」
「ジュンは女装していた方が、落ち着くんだね。」
「うん、そう。女装してた方が、じろじろ見られない。」
「じゃあ、今日は、じろじろ見られるよ。」
「レレイがいるから大丈夫。」
「どうして?」
「みんな、女の子を先に見るから。」
「そうか。」レレイは言った。

フレンチクオーターで一番の観光地、「バーボン通り」に着いた。車を止めて、車椅子を出し、レレイを座らせた。

車から降りたとたんに、ジャズの音が聞こえた。
「わああ。」とレレイが言った。
「レレイは、ここ初めて?」
「うん、中学生のときは、行っちゃいけないところだったも     の。それに、デイトもはじめてなの。」
「わあ、それは、ぼくがんばらなくちゃ。」
「すごい、街中に音楽が鳴ってる。
 あ、ヌード・シアターもある。だから、中学生はだめだっ     たんだね。」
一通り通りを練り歩いた。
ジャズホールのドアというドアが開いている。
「これなら、ストリートから、みんな楽しめちゃうじゃな       い。」とレレイは言った。
「気前がいいよね。」
「ほんと。」

「プリザベーション・ホールに行ってみよう。」
「そこはなに?」
「骨董品的ジャズホールなんだよ。老齢の人がやってる。
 でも、入場一人1ドルなんだよ。」
「それ、安い。」

そのホールに行ってみると、ザルをもった若い人がいる。
みんなそのザルのなかに1ドル札を入れて中に入っていく。
私たちもそうした。
古い建物。骨董品的気分満点。
プリザベーションホール

床は平らなジュータン。後ろに若干の長椅子。
私たちが入ると、「前に行きなよ。」
「どうぞ、前に行って。」とみなさんがゆずってくれた。
レレイと私は端っこの一番前にいけた。

軽快でどこか癒されるデキシーランド・ジャズが流れている。初めの曲が終わったとき、だれかが、
「セインツ!」と言って、5ドルを渡した。
すると、見ていた人が、わあーと涌いた。
「レレイ、ぼく達運がいいよ。誰かが『セインツ』をリクエ     ストしてくれた。この曲だけ、リクエストは5ドルなん       だ。他も曲は1ドル。」と私は言った。
「セインツって?」とレレイ。
「『聖者の行進』のこと。この街のシンボルみたいな曲なん     だよ。」

曲が始まった。
どの演奏者も、ここぞとばかり音を上げる。
ホールの中は完全に盛り上がって、後ろの人たちは、ペアを組んで踊ってる。
みんなの手拍子の中、私たちも手拍子をした。
「わあ、いいね。最高。」とレレイが言った。

曲が終わり、1シリーズを聞いて、外に出た。
お昼時になっていた。
私たちは、オイスターの店に行った。
「わあ、生牡蠣、私大好き。」とレレイがいう。
「何ダース食べられる?」と聞いた。
「そんなに食べるの。あたしいつも3、4個。」
「きっと1ダースは食べられるよ。」と私は言って、2ダースとガーリックパンを頼んだ。
レストランの風景

1ダースをみて、レレイは「うわあ~。」と声を上げた。
でも、食べ始めると、1ダースをぺろりと食べてしまった。
結局もう1ダース食べて、お腹がいっぱいになった。

もう一度、通りを巡っていると、向こうから、車椅子の老夫妻がやって来た。ご主人が車椅子。
すれ違うとき、ご主人がレレイに、
「ここは楽しいね。」と言った。
「はい。そうですね。」とレレイ。
「ボーイフレンドに押してもらってるの。」
「はい。そうです。」とレレイは言って、挨拶をしてすれ違った。

「ジュン。ボーイフレンドで通ったよ。」とレレイが嬉しそうに言った。
「ほんとだね。ぼく男らしくなったのかなあ。」と私はうれしかった。

それから、私たちは、雑貨店を何軒か回り、
ミシシッピー河のほとりで、コーヒーとドーナツを食べた。

堤防にのぼって河を見たかった。でも、スロープがない。
私は、コーヒー店の老夫婦に、車椅子を見ていてもらって、
レレイを抱いて、堤防の階段を上った。
すぐ近くにベンチがあったので、レレイを降ろし、二人並んだ。
「レレイ。倒れないように、ぼくに寄りかかって。」と言った。念のため、私はレレイの肩を抱いた。

「これが、ミシシッピー河なの。初めて見た。綺麗だね。」とレレイが言った。
河はちょうど陽が沈みかけて、川面を赤く照らしていた。

「この河をずっと北に上っていくと、セント・ルイスに着くんだよ。」と私は言った。

♪ I hate to see the evening sun go down…

と、レレイが歌った。

「わあ~、レレイ歌がものすごく上手!」と私は感激!
『セント・ルイス・ブルース』だよね。」
「家にレコードあるの。ビリー・ホリデイ。お父さんジャズ     好きだから。」
とレレイは言った。
「レレイのお家は音楽一家だね。」と私。
「うん。そうね。」とレレイは言った。



レレイは、
「あたし、中学のときは、あまり言葉がわからなくて、ボー     イフレンドがいなかった。高校では、車椅子になったか       ら、ボーイフレンドがいなかった。
 だから、今日は、初めてのものばかり。
 初めてのデイト、初めてのバーボン通り、初めてのジャズ      ホール、初めての雑貨屋さん、初めての2ダースオイス        タ ー、初めてのミシシッピー河。なんだか夢みたい。」とうっとりとしてそう言った。

「レレイ。初めてのものをもう一つ増やさない?」と私は言った。
「なあに。」とレレイ。
「これ。」
私はそう言って、レレイの唇にそっと唇を重ねた。
唇を離したとき、レレイは、私を見つめていた。
「あたしのファースト・キス。甘い味がした。」
「もう一度しよう。」
「うん。」
私たちは、ロングロングキスをした。

「ぼくたち、これで恋人同士だね。」
「うん。ジュンの恋人になれてうれしい。」
「ぼくもレレイの恋人になれてうれしい。」
私たちはそう言い合った。



車椅子にもどり、レレイを家まで送ったのが6時だった。
お母さんに、しっかりレレイを渡した。
たくさんお礼を言われた。

無事に帰れてほっとした。

レレイは、今日のことをたくさんご両親に話すだろうな。
でも、一つ、ファースト・キスのことだけは、言わないな。
私が、男であることは、まだ内緒だから。


つづく(次の⑥は「アクセス不可」になり、飛ばします。)

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