今回、長いです。昔は、今より元気だったので、長いの平気で書いていたようです。

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自叙伝・新宿編③『商売上の嘘』

 

水曜日。
大学は、学生運動で門は閉鎖され、授業は全く行われていなかった。
私は時間を持て余していた。
夕方になり典子ママのお店に出たくなって、お店に電話をしてみた。
「あ、ナナです。」
「どうしたの。」
「今日、お店に出させていただけませんか。
 お金は要りません。」
「払うわよ。女の子になりたいのね。」
「え、まあ。12時まででいいですか。」
「いいわよ。水曜は、けっこう暇よ。いい?」
「はい。」

私は、8時にお店に行った。
ちゃんと下着だけは着けていった。

「今日は、自分でできるわね。」とママに言われ、
「はい。」と返事をした。
「あ、今日は黄色いドレスにしておいたから、リップはオレンジがいいわ。」
ママに言われて、小部屋に入った。
吊るされている黄色いドレスを見て、心がときめいてしまった。

姿見の前の棚に、化粧品が並んでいる。
付けまつげを何とか自分でつけて、リップを引き、
ウィッグをかぶった。
そして、黄色いドレス。
ドレスを着るとき、いつも興奮で手が震える。
今日のドレスは、ウエストが白い幅広の帯になっていて後ろで結ぶ。
背中に大きなリボンが出来て、すごく乙女チックでうれしかった。

女装が終わり出て行ったとき、
「あら、いいわ。うんと可愛いわ。でもね、」
と言って、ママは、櫛をとり、
「覚えておくといいわ。
 女の子は、後頭部が高いの。だから、後頭部の髪をふんわり高くすると、
 より女の子のヘアーになるのよ。」
そう言って、ママは、後頭部の髪を膨らませてくれた。
ほんとだ。昔の絵本の少女のようになったと思った。



ママが言うように、水曜日のお店は、お客が少なかった。
ママと、いろんなお話ができた。

「ナナには、何か夢があるの?」とママに聞かれた。
「あたしは、アメリカに行きたいんです。だから、お金貯めてます。」
「そうだったの。あたしは、てっきり手術して完全な女の子になりたいんだと思ってた。」

そのとき、店のドアの外で、数人の声がした。
「ここか?」
「そうだよ。ほら紙にラーメンって書いてあるだろ。」
「ラーメンだけ食べられるのかしら」(女性もいる。)
「ま、入ってみようぜ。」

入って来たのは、学生風の3人だった。
「あの、ラーメンだけ食べて帰ってもいいんすか。」と一人が言った。
「そうですよ。ノーチャージです。12時からは、チャージをいただくけど。」とママさん。

おお、やっぱりほんとだ。よかったなあ。
と学生さんは、言い合っている。

3人は丸椅子に座った。
一人がママさんに聞いた。
「俺達、女装のバーへ行ってみたいんですが、それ、どうやって探せばいいんすか。」
「そうねえ、緑色の看板出しているところは、だいたい女装バーね。」とママ。
「へーえ、全然知らなかったっす。」
「ここ、緑の看板じゃなかった?」と女の学生さん。
「お、そうだった。じゃママさん、ここはどうなんですか。」
「例外じゃないわ。女装バーよ。」とママ。
「12時からですか。」と一人。
「今もよ。」とママさんは、おかしそうに。
「じゃあ、ママさん、その…元男性?」
「そうよ。」とママ。
「こっちの人は?」
私が指差された。
「あ、この子は、女の子。12時までしかいないの。」ママ。
私は、え?と思ってママを見た。どうしてそんなこと言うんだろう…。

「だろうと思った。こんな人が女装の人だったら、俺、気絶しますよ。」と一人が言った。
「こいつ、女装の人が好きなんですよ。」ともう一人の人。

「ナナと言います。よろしくお願いします。」
私は挨拶した。なんだか心がぽかぽかっと温まる。

あ、どうも、と言って、3人は名前を名乗った。
安藤さん、井上さん、小野さん(女性)。
しっかりお顔とお名前をインプット。
(お客様の名前は一度で覚えること。ママの教え。)

ラーメンができた。
三人はとてもおいしそうに食べていた。

食べ終わって。
「いやあ、ゴールデン街でラーメンが食べられるなんて、感激っすよ。」
「友達に、ここのこと、滅茶苦茶宣伝しちゃいますから。」
「よろしくね。」と笑顔のママさん。

3人が帰った後、ママが言った。
「ナナ。ナナのプロフィール決めておこうか。」
そして、
「ナナは16歳。中学を出て、働き口を探しに、新宿に来た。
 実家は、とても貧しくて、ナナは仕送りをしている。
 昼は、喫茶店でウエイトレスやっている。
 成子坂の安アパートに一人で暮らしてる。
 12時までのお客様には、女の子。
 土曜日の12時からは、女装の子にしよう。
 いわば、薄幸で健気な女の子または、女装の子。」
そうママが言った。

「そんな、ウソのプロフィールでいいんですか?」と私は聞いた。
「いいの。お客様は、ここの辺で働く子に、そんなイメージを持っているから。
 お客様は、そんなイメージの子を可愛いって思うわ。
 ここは、虚構の世界だから、お客様は、それを承知で楽しみ来るの。」
そう、ママは言った。
私は、なんとかわかった気がした。



数日後、あの3人の学生さんが、再び来た。

私はおしぼりを、
安藤さん、井上さん、小野さん(女性)の名前を呼びながら渡した。
「おお、ナナさん。名前覚えていてくれたの?」と安藤さんが言った。
「ええ。」と私は笑顔で。

みなさんの注文は、全部ラーメンだった。
(ママ、大変だ。)

「ナナさん、可愛いなあ。」と安藤さん。
「ナナさん。ショートにしたの?すごく似合ってる。」と井上さん。
「あ、これ、かつらです。」と私。
「あ、そうかあ。」と井上さん。
私は、私の正面の小野さんが、可愛いなあと思っていた。
(話しかけてくれないかな?)
安藤さんが、私の紹介をした。
「ナナさんはね。昼間は、喫茶店で働いてるの。
 昼も夜も働いて、俺達学生より、ずっとえらいんだからな。」

「ナナさん。お幾つ?」小野さんが聞いてくれた。(やったあ!)
「16歳です。」と答えた。
「じゃあ、高校へ行かずに働いてらっしゃるの?」と小野さん。
「はい。中学を出てから働いています。」
「何か目標があって、働いてらっしゃるの?」
「いえ。実家がちょっと苦しいから、私が働かないと…。」

小野さんの視線が、少しうつむき加減になった。

私は、答えた後で、真剣に聞いてくれている小野さんに対して、ものすごく気が咎めた。
ママは、ああ言っていたけど…。

小野さんは、また私を見た。
「一人で暮らしてらっしゃるのね?」
「ええ。アパートに…。」(ああ、辛い。)
「大変でしょう?夜のお仕事って。」と小野さん。
「いえ。ここはいいお店ですから…。」私。
「じゃあ、よかった。がんばってね。」と小野さん。
「ありがとうございます。」と私は頭を下げた。

中年や熟年のお客にならともかく、
学生である純粋な小野さんの、真っ直ぐな視線が、何度も胸に突き刺さった。
本当にこれでいいのかな…。私は大きな良心の呵責に苛まれていた。



ラーメンを一つずつ運んだ。
学生さん達は、しばらくはお話を止めて、ラーメンを食べていた。

ママが、私の横に来た。
学生さん達に、
「今日は、ごゆっくりなさってね。」そう言った。
そして、私に。
「ナナはこちらについてね。一人で出来るわね。」と言った。



ラーメンを食べ終わったみなさんは、お話で盛り上がっていった。
私は飲みもののお代わりだけを聞いて、後は、黙って立っていた。
みなさんが、水割りを何倍かお代わりをしたとき、お話は映画のことになっていった。
そして、「新宿泥棒日記」のお話になったとき、私はうれしくて心が躍った。

さらに、話題が唐十郎の話になったとき、
私は、思わず身を乗り出してしまいそうだった。
(出しゃばっちゃダメ!)自分に言い聞かせた。

お一人が、唐十郎の劇中歌を口にした。(チムチムチェリーの替え歌。)

♪朝は海の中、昼は丘、夜は川の中 それは誰?
 ベロベロベ ベロベロベ 子供さん ここはアリババ謎の町

最後は、みなさんで合唱していた。



「これは、スフィンクスのパロディよね。」と小野さんが言った。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足…ってやつ?」井上さん。
「あれ、答えは、確か『人間』だよね。」安藤さん。
みなさんが、そうそうと言う。

「じゃあ、唐十郎の歌の答えは何?」安藤さん。

♪朝は海の中 昼は丘 夜は川の中…それは誰?

う~ん。とみなさん考えていた。
みなさん、真剣に考えている。
ひとときの静寂が訪れた。

「あの、それは、『水子』です。」私は、言ってしまった。

みなさんが、一斉に私を見た。
私は、言ってしまった口を両手で塞いで、思わず下がった。
(出しゃばってしまった。)

「ナナさん。水子って、堕胎児のことだよね。」井上さん。
「ナナさん。どうして、水子なの?教えて?」小野さんが言った。
私は困って、ママを見た。ママはうなずいて、OKサインをしている。

「あの、朝の海はお母さんの羊水のことで、
 昼の丘は、取り出された外界。
 そして、その夜には、川に捨てられる。」
そう言った。

「ナナさん。すごい!きっとその通りだわ。どうしてわかったの?」小野さん。
みなさんも、そうかあという顔をしていた。

「すごくないです。戯曲「アリババ」を読んでいただけです。」と私。
「戯曲「アリババ」を読んでいたあ?!」とみなさんは驚いたように一声に言った。

そのとき、ママがにこにこしながらやって来て、私の肩に手を掛けた。

「えへん、みなさん。」とママは言って、
「ナナは、不思議な子だから、驚かないでくださいね。
 それよりもっと驚いて欲しいことがあるわ。」
「何です?!」とみなさん。
「先日、唐十郎さんと鈴木忠志さんが、お店に来て、2時間半も話していかれました。」
と、ママ。
「ええ?!」とみなさん一声に言った。
「唐十郎が!鈴木忠志も!」
「そうでーす!」ママは得意そう。

「この店は、一体何なんですか!
 ラーメン食べられるし、ナナさんみたいな不思議な人がいるし、
 あんなすごい人達も来るし。」安藤さんが言った。

「ただの、ラーメン酒場よ。」とママは言って笑った。



その後、みなさんは、また話に盛り上がっていった。
小野さんだけが、少し落ち込んでいるように、静かだった。
みなさんは、11時に腰を上げた。
私は、玄関まで見送った。

そのとき、小野さんが、私の手を取って言った。
「ナナさん。私あなたに失礼なこと言ったわ。ごめんなさい。」
「何のことだか、わかりません。」と私は正直に言った。

小野さんは、
「中学を出て働いているあなたを立派だと思いながら、
 同時に私、あなたを憐れんでしまったの。
 だから、上からの目線で、励ましたりしてしまった。
 不遜だったと思う。反省してるの。ごめんなさい。」
と言った。

(小野さん。謝るのはぼくの方だよ。ウソを言ってしまってごめんなさい。)

「小野さんが励ましてくださって、うれしかったです。
 謝っていただくことなんて、何もないです。」

私は心で謝りながら、そう言った。



みなさんは、ドアの向こうに行ってしまった。
ドアの前で立ちすくんでいる私のそばに、ママが来て、私の肩に手を添えた。
「ナナ、あの子が反省したことは、正しいわ。いい子ね。
 今日も言ったけど、ナナのウソは商売上の作戦だから、罪じゃないわ。」ママは言った。
私は、少し安心した。でも、小野さんの方が、ずっと自分に正直だと思った。

お店の中は、祭りの後の淋しさが残っていた。

(つづく「小野さんの部屋に招かれる」)

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