倉田洋二物語<第2部>後編「名ラビット」

 

コースに立った。
「向かい風、0.2m/秒。昨日の片桐さんの記録は、無風で12秒0。
 今日、11秒7で走れたら、最高記録だよ。」
洋二はそう言った。
「うん、11秒7ね。自己ベストは、11秒8だから、7で走れたらうれしい。」
敬子は洋二の言葉に、内心びっくりしながら聞いた。
(見ていただけで、風速やタイムがわかるなんて。)
洋二は言った。
「それから、片桐さん。いつも手を握って走っているけど、平手で走ってみてくれない。」
「うん、意味があるのね。」
「大きな意味があるんだ。」洋二は言った。

A子による「用意。」の声がかかった。
敬子は、金具があるので、クラウチング。
洋二は金具がないので、スタンディング。

バーン!ピストルが鳴った。

洋二は、敬子より体半分速く出た。
敬子は驚いた。
(スタンディングなのに。スパイクも履いていないのに。)
走りながら、さらに敬子は驚いていた。
洋二が、自分の前方2m前をきっちり走っていく。
完全に敬子のペースがわかっている。
洋二の後さえ付いていけばいい。そんな気がした。

30mラインを過ぎた。
洋二は若干失速した。
(倉田君疲れたかな、と敬子は思った。)
「ももを2センチ高く。飛ぶように走れ!
 速く走ろうと思うな!」そう洋二が鋭く言う。
敬子はそれに従った。
ああ、走るのが楽、敬子は思った。

50mを超えた。
敬子は、不思議な感覚にとらわれていた。
前を行く洋二に、自分が吸いついていく感じがした。
若干のオーバーペースだ。
だが、体が洋二に付いていく。

残り30m。
「かかとを付けるな!息を細く吐け!」洋二の声。

デッド・ポイントと呼ばれる、一番苦しいところ。
洋二の言葉が、敬子に喝を入れた。

80m地点。
洋二のペースがさらに上がった。
しかし、敬子の脚と腕が、洋二にぐんぐん付いていく。

残り10m。
「フィニッシュをするな!そのまま突き切れ!」
猛烈に洋二が加速する。
敬子の体が付いていく。
ゴール!

「やった!」と洋二は思った。11秒5のスピードで走った。
敬子が、それに付いて来た。いいタイムが出たはず。

時計を見ていた部員のB子は、
「わあ~!」と飛び上がった。
「11秒5!すごい、敬子!」と言った。
「ほんと!」と敬子は時計を見た。
「ほんとだ!自己ベスト、0.3も超えた。わあ~!」
と言って、敬子は洋二を抱きしめた。

「ありがとう!倉田君。」と敬子は、再び洋二をきつく抱きしめた。
洋二は、大好きな敬子に抱きしめられて、天にも昇る気持ちだった。

部員のA子が駆け付けてきて、いっしょに喜んだ。

「ラビットの効果ってこんなにすごいのかしら。」とA子は言った。

敬子は言った。
「ね、ラビット効果だけじゃないでしょう。種明かしをして。」

洋二は、言った。
「う~ん、全体に片桐さんは、肩に力が入りすぎてたから、
 手を平手にした。で、30mから50mの間を、
 トップスピードを利用して、流すようにした。
 その力の温存が、ラビットに付いていけた理由。
 70mの苦しい地点で、フォームが崩れるから、
 かかとを地面につけないことと、
 そこで、息をするなら細くすることをアドバイスしたの。」

「そうかあ、そうだったんだ。
 あたし、まだまだ欠点があるでしょう。」と敬子。
 
「欠点と呼ばず、記録が伸びる余地って思おう。
片桐さんは、その余地がまだまだ、た~くさんあるよ。」
「じゃあ、これる日は、来てくださらない。あたしの最高のコーチって気がする。」
「うん。あ、じゃあ、もう一つだけ。片桐さん、つま先立ちして。」
「こうお?」
「うん、そこから、足の指に力を入れて、足の指だけで、あと2cm高くなれるでしょう。」
「わあ、できる。」
「こうやって走るのが、長いストライドのこつ。1日10回でいいから、今日からやって。
 2週間で、効果が出るよ。」
「わあ、知らなかった。ありがとう。」啓子は言った。
「私も知らなかった。」とA子とB子も言った。

「でも、倉田君。どうして、陸上部に入ってくれないの。」とA子が言った。
「そうよ。敬子のラビットができるなんて、信じられない。」とB子。
「男子だって、1年生は、あたしより速い人いないのに。」と敬子は言った。
洋二は、にっこりして、
「ぼく、早く家に帰るの好きだから。」
と言って、
「明日また来ていい?」と聞いた。
「うん、うれしい。お願い。」と敬子は言った。
「じゃあ。」と言って、洋二は、照れながら走って行った。

残った3人の内、A子が言った。
「倉田君、毎日グランド見てたよ。
 女の子だと思って気にしなかったけど、
 きっと敬子ばかり見ていたんだよ。
 だから、敬子のことがわかってた。」
「もしかしたら倉田君、敬子のことを…。」とB子。

「今は、そんなこと考えないの!
 私は今、倉田君の親切に感謝する心でいっぱいなの。」
敬子は、頬を少し赤らめながら、そう言った。     

 

<おわり> 

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