やっと、最終回です。すみません。長いです。

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形状記憶シリコン⑥「二人の男女誕生」最終回

 

 

1週間がたった。

 

朝食が終わり、麻衣とルナだけがテーブルにいた。

すがすがしい朝の空気。鳥の声がしている。

 

「麻衣、二人を、そろそろ最新マスクに替えるつもりでしょう?」ルナは聞いた。

ルナの言葉に、麻衣は、しばらく考えていた。

「ルナにつけた最新マスクにはしないつもり。」

「でも、最新マスクにしないと、戸籍の変更ができないでしょう?」とルナ。

 

「うん。でも、あたし、もっとすごいこと考えてるの。

 ミクに赤ちゃんが産めるようにしたい。

 武史が、お父さんになれるようにしたい。」と麻衣は言った。

「まさか、移植?クローン技術はそこまで行ってないじゃない。」

「ドナーがいればいいことでしょう。」と麻衣。

ルナの顔が急に明るくなった。

「わかった。二人が相互ドナーになればいいのね。

 だから、最新マスクで、体の一部が変わっちゃうと困る。」

ルナは、興奮して言った。

 

麻衣は、にっこり笑って言った。

「あたしの中では、術式ができてるの。まず、100%成功する自信があるの。

 でも、これは、二人の命がかかってるしね。

 親にも了解とらなくちゃならない。

 あたし、天才外科医って呼ばれて来たけどね。

さすがに、これは、ビビっているのよ。」

「そうかあ。これは、世界で誰もやったことのない手術。

麻衣でもビビるわよね。」ルナは、腕を組んだ。

 

その夜、麻衣は、43歳の素顔に戻って、

ルナといしょに、T大病院に高梨和夫を訪ねた。

高梨は、今では精神科の医師であるが、

昔は、一之宮麻衣吉と、外科医としての1、2を競ったほどの人物だった。

 

丸いテーブルを3人が囲った。

高梨は、解剖図と術式を書いたものとを、じっくりと見た。

ルミは、緊張の塊になって、高梨の言葉を待っていた。

高梨は言った。

「これが、天才が考える術式か。恐れ入るばかりだ。

 術式を見る限り、3分の1の時間で終わる。

 患者の負担が、3分の1だ。

 成功は、間違いない。スピードが要求されるが、

 一之宮が執刀すれば、いける。」

「もしもの場合があると思うか。」博士は聞いた。

「盲腸の手術だって、もしもがあるぞ。」高梨は笑った。

 

「オペは、この病院でさせてくれるか。」

「ああ、なんとかする。」

「秘密にしたいんだ。助手は高梨1人で、

立ち合いは、ここにいるルミだけだ。」

「俺を助手にしてくれるのか。」

「すべて、最高でいきたい。」

高梨は、にやりとした。

「手術の成功は、10年間、病院や学会、マスコミに伏せておきたい。」

「ああ、それが、賢明だ。」

 

高梨はさらに、

「保護者の説得の調整は、俺がする。

 一応、俺が今も主治医だからな。

 そのときは、ルナさん、お前、真治君、江里子さん。

 その親たち、全員集合だ。

 説得は、俺が主で、一之宮は、執刀医という立場でいた方がいい。

 くれぐれも忘れるなよ。主治医は俺だ。

 何かあった場合の責任は、すべて俺が取るということだ。」

 

「偉くなっても、変わっていないな。」

一之宮は、にこりとして、高梨を見た。

 

タクシーのなかで、ルナは、

「高梨さんって、いい人ね。」と言った。

「ああ、口が上手いのに、どこまでも誠実な奴だ。

 患者のためなら、なんでもする。」

「ねえ、なんで10年間、手術を秘密にするの?」

「時代の先を行き過ぎてる。

 全身マスクだって、もし、市販に出したら、大変なことになる。」

「売れすぎるってこと?」

「GIDの子の治療として、病院が使うのはいいよ。

 でも、欲しがるのは、誰もがみんなだろう。

 50歳代の奥様が、マスクで、10代の女の子になれるとなったら、

 マスクを巡って、どれだけのお金が動くかわからない。」

「なるほどね。世の中の人が、みんな美男美女になるわね。」

「50年もしたら、美容整形の発達で、そうなるだろうけどね。」

 

 

翌朝、博士は、頭の禿げた、白髪の人になっていた。

「あの人だれ?」と武史は、ミクに聞いた。

「博士の、通常の姿。」

「麻衣のことでしょ?」

「うん。」

「どっちがほんと?」

「昨日の40歳くらいの博士がほんと。」

「わあ、そうなんだ。」と武史は言った。

 

朝食のあと、博士は、ミクと武史に、

相互ドナーの手術のことを話した。

「わあ、すごい。それが成功したら、俺は完璧な男になれるし、

 ミクも、完全な女の子になれるんだ。」武史は言った。

「ま、そう言うことだね。」と博士は言った。

「成功するの?」とミクは聞いた。

「わしは、若い頃、T大病院の天才外科医と言われていたんじゃよ。

 その博士が執刀するんじゃから、成功は、限りなく100%に近いな。

 ただ、限りなくじゃ。手術中に大地震がくるかも知れん。」

「二人共、どう?」とルナは聞いた。

「俺、希望します。今まで、何度も死のうと思ったの。

 そのとき、死んでいたと思えば、すべてを失っても後悔しない。」

「あたしも希望します。武史と同じ理由です。」

二人は、はっきりとした意志を見せた。

「今度、保護者や先生との説明会があるから、

 そのときに、思うことをはっきり言ってね。」博士は言った。

 

 

高梨和夫は、迅速にことを運び、

二日後に、手術の説明会を開いた。

 

博士は、43歳になり背広と白衣。

ルナは、品のいい黒のワンピース。

ミクと武史は、普段着で来た。

 

集合は、小さな会議室だった。

ミクと武史が中に入ったとき、それぞれの親は、

そばに来た。

「ミク、誰かと思った。完全に女の子じゃない。」と母の則子は目を潤ませた。

父の信夫も、ミクの容姿を真っ直ぐに受け入れ、

「ミク、よかったなあ。」と涙をこぼした。

武史の母・真理は、背が高く、美人だった。

「武史、かっこいいわ。江里子の面影もある。

 母さんにとって、息子ができて、頼もしいわ。」と言った。

 

高梨は、相互に、出席者を紹介し、

手術の説明をした。そして、

「この手術は、私が外科医であったとき、私がどうしても及ばなかった、

 一之宮麻衣吉博士が行います。私が全幅の信頼を置いている執刀医です。

私は、博士の術式を見て、この手術の成功を確信しました。」

 

高梨は次に、本人たちの気持ちを聞いた。

「今は、ミクさんですね。どうぞ。」

ミクは立った。

「私は、この手術を希望します。お父さん、お母さんも、知っていますが、

 私は、自殺を3回もしました。いつも死ぬことばかり考えていました。

 でも、3回目の自殺の後、私は生れて初めて、生きていくことの希望を、

 ここにいらっしゃるルナさんからいただきました。

 そして、私は、博士の研究所で、全身マスクをいただき、

 今、こうして女の子として生活しています。

 手術のお話を聞いたとき、私は、迷いませんでした。

 博士を、心から信じています。

 絶対成功すると、私の本能みたいなものが、私にささやきました。

 隣の、武史さんが言いました。

 何度も捨てようとした命。例え、失敗しても悔いはないと。

 命は、私だけのものとは思っていません。

 だから、お父さん、お母さん、お願いします。

 どうか、あたしに手術を受けさせてください。

 お願いします。」

ミクは、涙を浮かべて言い終わり、席に着いた。

両親は、目頭を熱くし、ミクの言葉を聞きながら、何度もうなずいていた。

 

「次は、武史さん。どうぞ。」

武史は立った。

「ミクさんが、すべて言ってくれました。

 ぼくは、一言。

 母さん、ぼくに手術を受けさせてください。

 お願いします!」

と母に頭を下げた。

母は、目を潤ませ、うなずいた。

 

保護者は、誰一人反対する人がなく、皆立って、高梨と一之宮に頭を下げた。

 

同意書のサインも終わった。

 

 

研究所に帰った博士とルナは、すぐに新しい全身マスクを作った。

ルナの最新のマスクをさらに、改良し、

1週間で、マスク通りの顔や体になれるものだ。

手術用に、腹部から股間まで、大きく口が開いている。

その間は、男女の営みは禁止だ。

 

1週間後に、2人はマスクを取った。

お風呂でマスクをとったとき、マスク通りの顔や体になっていて、

ミクも武史も感激した。

 

手術の日が、その2日後に決まった。

夜の8時からだ。

 

T大の手術室の前に、両親はすでに来ていた。

両親達は、ミクと武史を励まし、二人は、笑って見せた。

 

ミクと武史は、手術台にのり、手術室の真ん中に並んでいた。

バシンと明るいライトが点き、高梨、一之宮、ルナの3人が、

手術服に着替えやって来た。

 

「これより、手術を行う。」と言う博士の声が聞こえた。

半身麻酔だ。

博士は、驚くほど速い手さばきで、術式を追っていく。

高梨は、術式が完全に分かっているので、

つぎに使うものを、言われる前に出している。

 

手術は、20分で終わった。

高梨と博士は、握手をした。

「少しも衰えていないな。1時間はかかるオペを20分とは。」

高梨は言った。

「お前がいてくれたからさ。」

と、博士は笑った。

ルナは、うれしくて涙を浮かべていた。

 

博士は、ミクと武史に手術の成功を知らせた。

二人は、顔を見合わせ、

「ヤッター!」と心で叫び、笑顔を交わした。

 

オペ室の前で待っていた両親たちは、

成功の知らせを聞いた。

高梨は言った。

「ミクさんも武史さんも、これで、赤ちゃんを作れます。」

高梨の言葉を聞いて、両親たちは、涙に暮れた。

 

ルナと博士が、病院を出たのは、9時半を過ぎていた。

「お祝いに、ちょっといいところで、食事をしようか。」

「まあ、うれしい。40歳代の博士とは、めったに会えないんですもの。」

二人は、ホテルの最上階のレストランにいた。

夜景が、よく見える。

 

博士は、ふと微笑みながら言った。

「ルナさ、俺たち結婚したらどうなるかな?」

「うそ。あたし、女になる気はないわよ。

 生粋の女装子ですからね。」

「俺だって、アレのないルナなんて、つまらない。

 俺たちにとって、籍を入れるなんて、意味がない。

 籍よりも、これはどうだ?」

博士は、ポケットから、小さな箱を出した。

「もしかして。」

ルナはそう言って、箱を空けた。

そこには、眩いダイアモンドの指輪があった。

「まあ、ステキ。あたし、うれしい。

 夢みたいだわ。ありがとう。」

ルナは、そういいながら、瞳を潤ませた。

 

「結婚、しようか。」

「まあ、そこまで言ってくれるの?」ルナは、博士の目を見た。

「教会で、式だけ挙げよう。ウエディングドレス、ルナに譲     る。」

「わあ、最高!」

二人は、笑みを交わした。

 

翌日、病室で並んでいるミクと武史のところへ、

高梨と看護師が来た。

「尿管のパイプを外しますね。」

と看護師は、二人の管を外した。

 

「二人共、どうかね。」と高梨は言った。

「もう、ほとんど痛くありません。」と二人は言った。

高梨が、にっこりうなずいて去ろうとすると、

武史が元気な声で言う。

「先生、見てください。これ。」

それは、ミクからもらったPちゃんが、元気になって、

手術着の下腹部を押し上げているのだった。

「朝になると、アソコ、元気になるんですねえ。

 ミクのPちゃん、力持ちだあ。」

高梨と看護師は笑った。

「武史、やめて。力持ちなんて、言わないで。」

ミクは、真っ赤になって、枕で武史を叩いた。

 

<おわり>

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       <すぐ手前に、武志がいます>

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