形状記憶シリコン2部―②『ミク、全身マスクを被る』


病室の丸椅子に座って、ルナは聞いた。
「あなたとお話に来たんだけど、迷惑?」とルナ。
「ううん。綺麗なお姉さん好きだから、うれしい。」
「あたしも17歳。だから、あたしのこと、ルナって呼び捨てにして。」
「うん、ルナ。」
「あなたの女名前あるでしょう。なあに。」
「ミク。似合わないでしょう。」
「ミクって今から呼んでいい?」
「うん。うれしい。」

「ミクは、男の子として、もう生きられないって、死のうとしたのよね。」
「うん。」
「わかるわ。」
「どうして、わかるの?」
「あたし、男なのよ。」
「うそ!」とミクは目を丸くした。
「博士がね。全身用のフィーメイルマスクを作ってくれたの。
 それ被ると、本物と見分けがつかない女の子になれるの。
 体もアソコを除いて女の子、顔も女の子になれるのよ。
 あたしが博士のところにきて、10年目にやっと完成したの。」
「わあ、すごい。ぼくでも着られる?」
「ええ。ミクはお顔が可愛いし、小柄だし、着ても抵抗が少ないと思うわ。」
「早く、着てみたい。」
「博士が今大人たちと話してる。
 ご両親が、OKしてくれたら、
 ミクは、あたし達と、しばらく女の子として暮らすの。」
「マスクを着て、女の子になって?」
「そうよ。」

ルナはスマホを出した。
「これ、全身マスク被る前のあたし。」
ミクは、見た。
「この人が、ルナみたいに綺麗になれたの!」
ミクは、驚いて上半身を起こした。

「そう。お風呂のとき以外、ほぼ24時間被っていられる。」
「わあ、すごい。ぼく、少しの間でいい、女の子として暮らしてみたい。」
「希望が出てきた?」
「うん。もう、死んだりしない。ルナと博士のところへ行きたい。」
「そうこなくちゃ。博士達が、今、ご両親を説得してる。
 博士をここから、応援しよう。」
「うん。」ミクは、さっきまでの暗い顔がウソのように晴れて、
目を輝かせていた。

ここは、応接室。
高梨助教授は、真治の両親に言っていた。
「ご両親のお考えが、変わらぬ限り、
 真治さんは、自殺をくり返すかも知れません。
 病院側としては、そんな危険な状態で、退院させることはできません。
 おそらくは、精神科の病棟で、手足を拘束された状態で、
 抗うつ薬などを呑みながら、しばらくの期間、
多分2か月くらい、いてもらうことになります。
個室は、2週間ほどですけどね。」
真治の父。
「ならば、一之宮博士のところにお預けすれば、
 真治の再自殺を防いでくださると言うのですか。」

一之宮博士は、言った。
「今、私の優秀な助手が、真治さんとお話をしています。
 そろそろ、真治さんは希望を見つけている頃でしょう。
 ただし、私の研究所にいる限りでのことです。
 研究所の緑で囲まれた中で、のびのび暮らすのと、精神科病棟の個室で暮らすのと、
 どちらが、真治さんにとって、幸せでしょうか。
 ライフスパンの見通しはまだですが、
真治さんに生きる希望を与えるのが、
 当面の課題ではありませんか。」

「真治に生きる希望を与えられるとおっしゃるのですか。」
父は言った。

「もう、与え終っている頃でしょう。二人を呼びましょう。」
博士は、言って、看護師の人に、二人を呼んでくれるよう頼んだ。

やがて、応接室に来た真治と隣の女性を見て、
真治の両親は、驚いた。

真治の顔が生き生きしている。
「お父さん、お母さん。
 このルナさんのお話を聞いて、ぼく希望を見つけたの。
 博士のところで、しばらく暮らしたいです。」
両親は、互いに顔を見合わせた。

高梨助教授は、顔をほころばせた。
「素晴らしい。この短い時間で、真治さんの顔がまるで違う。
 ルナさんが、どんなカウンセリングをされたのか、知りたいものです。」

真治の両親は、真治の顔を見て、心を決めた。
父親は、
「先のことは、おいおいみんなで考えるとして、
 一之宮博士の元に、しばらくいさせていただくよう、
 お願い申し上げます。
 学校のことは、今は考えません。
 生きてくれることが、最優先です。」
夫婦そろって頭を下げた。

夫妻が帰ったあと、高梨和夫は、一之宮博士に言った。
「相変わらず、神業だな。」
「お前の口達者には、負けるよ。だが、AGでは、自殺はせんだろう。」
「ああ。だが、AGと言わないと、お前が来てくれないと思った。」
「あはは。結局俺が負けるのか。」
「最後に勝つのは、いつもお前だ。」
二人は、互いを見て、にやりと笑った。

帰りは、3人だった。
タクシーの後部座席に、ミクを挟んで3人乗った。
「ルナ、お手柄。ルナなら、できると思ってたけどね。」
「だって、ミクの気持ち、手に取るようにわかるもの。」
「おや、もう女の子名前ができたの。」
「あ、はい。うれしいです。」とミク。
「あ、あたし達、敬語はなしなのよ。お友達言葉オンリーなの。」
「ほんとですか。」とミク。
「ほら、そこは、『ほんと!』よ。」
「あ、はい。ほんと!」
「今は、男の子の姿だから、女言葉使いにくいと思うけど、
 博士に、全身マスク作ってもらったら、男の言葉忘れるわよ。」
「わあ、うれしいな。死ななくてよかった。」ミクは、目を潤ませた。
ルナは、ミクの肩をそっと抱いた。



研究所に帰って来たのは、夜の9時だった。
「ルナ、一刻も早くやろう。夕食は後だ。
ミクの体を解析して、データファイルを作ってくれ。」
「はい。」ルナは、ミクを、ある台の上に立たせた。
すると、ドーナツ状の円盤が上から降りて来て、ミクの頭から足まで、スキャンした。
ルナは、パソコンをパチパチ弾いて、やがて、ミクの体を画像にした。
「まあ、脚が長いわ。身長162cm。」とルナは、にっこりした。
ミクの歯並びのよさは、確認済み。

博士が、ミクの正面画像を元に、これからなる可愛い女の子の顔のデザインをした。
元の顔をあくまで生かす。
「ルナ、この顔のデータと体を同調させてくれ。」
「はい。わあ、可愛いわ。」ルナは、パチパチとパソコンを打った。
「博士、できたわ。」

「じゃあ、Go だな。」
博士とルナは、シリコンの特殊な物質の入った水槽の一角にパソコンをつなぎ、
スイッチをONにした。
半透明の水槽の中で、何かが行われている。

ミクは、あれよあれよと見ていた。
やがて、パソコンが、チカチカと作業終了の合図を出した。

「さあ、できたわ。」とルナは、にこにことした。

ルナは、水槽の中から、ブヨブヨのシリコン・マスクを取り出した。
それを、風呂場にもっていき、水で洗って干す。
待つこと、5分。マスクが乾いた。

博士とルナが作ったのは、1世代前の、脱げば元に戻れるものである。

「さあ、試してみよう。」博士は言った。
「ミク。これは、Pちゃんだけは、そのままよ。
 股下に回して、スキンで押さえておけばいいの。」

「さあ、ミク。着てみて。」ルナが言った。
ミクは、着ていた服を脱ぎ、教わった通りにマスクを着た。
ミクは、ドキドキしていた。
マスクが、こんなにブヨブヨだとは思わなかった。
一抹の不安をいだいていた。

しかし、マスクは、ミクの体温で、どんどん縮まっていく。
女の子のウエストの位置である肋骨の下の部分が、ぐんぐん締まって来る。
やがて、乳房ができた。
ももがむっちりと膨らみ、脚のすねは、細くなる。
ウエストからももまで、綺麗な女性のラインができていく。
最後に顔だ。
全体に圧縮され小顔になる。
首が細く長くなり、アゴのラインがやさしくなり、
オデコが丸くなり、
最後に、目鼻立ちができあがった。

下着を着けた。
とりあえずのワンピースを着た。
ミクは、腕の皮膚を見たが、マスクが覆っているとはとても思えなかった。
本物と変わらない。

ストールに座って、ルナにメイクをしてもらった。
本物と見分けがつかない女の子の眉を貼ってもらった。
最後に、前髪のあるロングのウィッグを被った。

「わあ、可愛い。」
と、ルナは、拍手した。
「ミク、OKよ。鏡を見てみて。」ルミが言う。

ミクは、恐る恐る立って、鏡を見た。
そこに、信じがたい自分がいた。
元の自分の顔に似ているが、とても可愛い。
細い腕。華奢な肩。豊かな胸。
どこから見ても可愛い女の子だった。

「あの、これが、あたし?」ミクは聞いた。
「ええ。ミクよ。」
「声が女の子になってる。」
「喉に、音声変換パッドが貼られてる。」と博士。
「首の後ろに、動作や仕草や言葉を女の子にするパッドがあるから、
 男言葉は、意識しないと出てこないわよ。」と、ルナ。

「わあ、すごい。あたし、うれしい。死ななくてよかった。」
ミクは、顔を涙でいっぱいにして、並んでいるルナと博士に抱き付いて来た。
「世の中って、たいてい、死なない方がいいものだよ。」
博士はそう言って、ミクの背に手を当てた。

(第3話「生きててよかった」につづく)

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          <可愛いミク>

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