昨日、昔一緒に駅で詩を売っていた友達とお話しました。

すっかり懐かしくなってしまい、当時のことを書きたいと思います。お気に入りなので、もう何度も投稿しています。

何度もご覧になった方には、失礼いたします。

1話完結です。読んでくださるとうれしいです。

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『私の王子様』

 

学生の頃、私は駅構内で、自作の詩や童話を売っていました。

髪を伸ばし、黒いセーターを着て、

保母さんのような胸当てのある花柄のエプロンをしていましたので、多くの人が、女の子だと思ってくれたようです。

その頃の実話です。

 

 

季節は2月に入っていた。

日曜日。

私は、新宿駅で風の当たらない場所に移って、詩を売っていた。

その頃、私は、童話も2作作り、詩の横に置いていた。

薄い、手刷りの12ページくらいの冊子。

1部100円。

 

その日はとても寒かった。

私はオーバーのフードをかぶり、寒さに耐えていた。

 

午後の3時ごろだった。

詩や童話の一番売れない時間帯。

 

一人の高校生くらいの女の子が、立ったまま、

少し離れたところで、じっと私を見ていた。

すらりとした、ステキな女の子だった。

トレンチコートを着ている。

 

私の詩や童話を買ってくれる人の中には、

初め少し離れたところから、

『買おうかな、どうしようかな?』

と私を眺めていることが多い。

 

私は、そういうとき、気軽に、

「どうぞ、見てやってください。」と声を掛ける。

すると、たいていはそばに来て、詩や童話を手に取り、

中を少し見て、買ってくれる。

 

そのとき立っていた女の子は、ちょっと違っていた。

少し、離れたところで、私を見ていて、

少し目を潤ませている気がした。

 

私はその子を見た。目と目が合った。

私は、少し微笑んで、会釈をした。

すると、その女の子も会釈を返した。

 

あまりにも、その子が立ったままなので、

私の方が立って、その子のところへ行った。

 

私が声を掛ける前に、その子が言った。

「『純』さんですね。この童話をお書きになった。」

そう言って、その子は、肩から下げた大きめのバッグから、

私の2つの童話を取り出した。

 

私は、フードのかぶりを取って、

「あ、はい。私です。」と言った。

すると、彼女は一瞬私を見て、

「ああ、あたしったら…、『純』さんは、男性だとばかり想像していて、ちょっと今、戸惑っています。」と言った。

 

(ああ、また女の子に見られてしまった、いえ、見てくれた。)

 

「あ、あたしは、春香(はるか)と言います。高校2年です。」と彼女は言った。

 

春香さんは、私より少し背が高かった。

 

私は、学生だったが、年をごまかし、

「私も、高2です。」と言った。

 

「あのう、私をわざわざ訪ねてくださったんでしょう?

 なんだったら、喫茶店にでも行かない?」

私はていねい語を止めた。

    

「いいの?詩を売ってらっしゃるのに。」と春香さん。

 

「気にしないで。今全然売れない時間だし。」

と私はそう言ってお店をたたんだ。

 

 

喫茶店で、春香さんは、事情を話してくれた。

 

「あのね。あたし1月ごろ、すごく落ち込んでいたときがあ     ったの。ちょっと、失恋もあったし、他の事もうまくいか     なかった。

 そんなある日、机の中を見たら、

  この2つの童話が入っていたの。

 あたしの友達の誰かが、

 あたしのために入れてくれたんだと思った。

 あたし、落ち込んでること、

 誰にも知られないようにしていたのに…。

 

 あたし、童話を読んだ。そしたら、すごく心が温まるお話     で、感激した。そして、2つの童話を書いた『純』ってい     う人にすごく会ってみたくなったの。

 そのうち、『純』って人が、いつのまにか、

 私の心の『王子様』になってた。

 あたし、東京へ出たとき、

 駅で童話や詩を売っている人を見たことあったから、

 きっとそんな人だと思って、いろんな駅に行ってみた           の。」

 

「春香のお家はどこ?」私は聞いた。(「さん」付けは止めた。)

 

「埼玉県の○○市。」

「ええ?遠いじゃない。片道3時間はかかるんじゃない?」

「うん。でも、どうしても会いたかったから、探した。

 渋谷、池袋、そして今日新宿で、やっと純に会えたの。」

「そんな遠くから、わざわざ来てくれたんだ…。」

「うん。」春香さんは、少しうつむいた。

 

私もうつむいてしまった。

純は、男だよ…とたまらなく言いたかった。

でも、私は、春香さんが心に描いた王子様のイメージから

かけ離れていると思って言えなかった。

 

「ごめんね。純が男じゃなくて…。」私は言った。

「そんなことない。純が女の子でも、こうしてお話ししてい     ると、あの童話の温かさが伝わってくる。とっても不思       議。」と、春香さんは言った。

 

 

私はしばらくうつむいていたが、やがて、顔を上げて言った。

「春香は、純が女なのに、男の子だと思ってた。

 春香は、春香の机の中に、私の童話を入れたのは、

 さっき、お友達の誰かって言ったよね?」

 

「ええ。」春香さん。

 

「あのね。よく聞いてね。」と私は言って、

「その子は、新宿で私の童話を買ってくれた。

 そして、読んで、いい童話だと思ってくれた。

 その頃、春香が落ち込んでいるみたいだった。

 その子、自分が一度読んで手垢のついた童話を、

 春香の机の中に入れたと思う?」と聞いた。

 

春香さんは、はっとしたような表情をした。

 

私は続けた。

 

「私の童話も詩もね、ほとんど女の子が買ってくれるの。

 でも、私の童話を2冊とも二度も来て買ってくれた男の子     がいた。1月だった。

 一度目は、新宿に来た折りに、何気なく買ってくれたんだ     と思う。

 でも、二度目はちがう。

 その男の子は、片道3時間もかけて、好きな女の子のため     に、私の童話を買いに来てくれた。

 いつも春香のことを見守っていたから、

 春香が、落ち込んでいることに気がついてた…。」

 

春香さんは、私の目を見て、何度もうなずいた。

 

「王子様の心当たりある?」と私は聞いた。

 

春香さんは、涙ぐんでいた。そして、大きくうなずいた。

 

「純に会いにここまで来てよかった…。」春香さんは言った。

 

 

そのうち、

「そうだわ。」と春香さんは、目を輝かせて、

「純の詩を2部買って帰る。そして、1部に『ありがと          う。』って書いて、彼の机の中に入れておく。」そう言った。

 

「それ、賛成!また、私の詩が売れる!」

 

二人で笑い合った。

 

青い鳥が一羽、

辺りを飛んでいるような気がした。

 

<おわり>

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<私の王子様>

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