緑川高校サッカー部最終戦(最終回・後編)


笛が鳴った。

芝生のコートが、ゴールまで続いている。

洋子は、ボールへ向って猛然とダッシュした。
そして、遥か彼方のゴールに向かって、ものすごいキックを放った。
11人は、はっとした。
今まで見たこともないような弾丸ボールが唸りをあげて、
コートの真ん中、地面より10m程の高さを突き切っていく。

それより驚いたことは、
そのボールと同じ速さで、洋子が走って来ることだ。
ボールは、ヘディングでは届かない高さで、どうしようもない。レギュラーは、洋子をストップさせようと試みた。

まず、洋子に立ち向かった、センターフォワード鈴木は、
フェイントの名手だった。
左右に素早く体を振ることによって、相手には、自分が2人に見える。迷ったときにボールを奪う。
「さあ、来い!」と鈴木は身構えた。

だが、鈴木は、目を見張った。
やってくる洋子のスピードが、恐ろしく速い。鈴木が、フェイントに入ろうとしたとき、洋子は、すでに自分を通り過ぎていた。洋子が通り過ぎるのが、見えなかった。鈴木は、思わず、振り返って、洋子を見た。

鈴木が抜かれ、観客は、「わあ~~!」と湧いた。

鈴木があっさり抜かれたのを見て、高原は、隣の菊池と、横に並び、二人の壁を作った。
『倉田にはパスする相手がいない。そこが、弱点だ。二人の壁をどうやって抜く。』
高原が、そう思い構えたとき、洋子は、急に上体を落として、低く走って来た。

「下をくぐる気だ。」
高原二人は、とっさに洋子に合わせ、上体を下げた。
そのとき、3mほど手前から、洋子はジャンプし、二人の肩を軽々飛び越えて行った。

1000人の観客は、湧きに湧いた。

残りの選手は、焦った。
天才集団である仲間が、ああも簡単に抜かれるのを初めて見た。考える間もなく、洋子がやってくる。
次の3人は、横に並び、完全な反則を考えた。
ボールをキープしていない洋子に、真ん中江頭がタックルをかけ、両脇の2人が、両手を上げて、ジャンプをした。

バレー部の近藤が言った。
「無駄だ。195cmの俺たちの3枚ブロックの上を倉田は     行く。」

その通り、洋子は、2人のジャンプの上を悠々と越えて行った。

おおおおおおお。1000人の、すごい声援が起こった。

残り4人は、洋子のジャンプに驚き、4人で、キーパーの前3mほどに壁を作った。ゴールの高さなら、なんとか阻止できる。

弾丸ボールは、ゴール近くに、
地上5mほどの高さを飛んで来ていた。
このままでは、ゴールアウトは明らかだ。
ゴール前の4人は、わずかに安堵した。

洋子が敗れるのか?皆そう思った。

バックの4人は、明らかなアウトボールと見て、気を緩めた。洋子は、ボールをちらちらと振り向きながら、やってくる。
そして、ボールよりワンテンポ早く、ゴール前5mほどにたどり着いた洋子は、ボールに振り向き、ゴールを背に、お腹を空に向けて、すごいジャンプを見せた。

そして、やって来たボールを、右足裏で、ポンと上に上げ、
空の高いところから、左足がボールを捕え、豪快なオーバーヘッド・シュートを放った。
「まさか!」と誰もが思った。

ボールは、4人の頭上を抜け、ゴールキーパーの頬をかすめて、ゴール地面に叩き込まれた。
4人のバックは、ただ茫然としていた。
ゴールキーパー浅井も、天才と言われる一人だったが、
ボールの桁違いな迫力に圧倒され、微動だにできなかった。
4秒だった。

うわあ~と、1000人は、総立ちになり、すごい歓声を上げた。

ゴールが決まったことを確認した洋子は、そのまま芝生に仰向けになり、両手を、涙の頬に当てた。

「すげえ、ほんとにゴールだ。」
「5秒もかかってないぞ。」
「あの名キーパーの浅井が、動けなかった。」
そんな声があちこちでしていた。

冴子、恵理、和也の3人は、泣きながら、抱き合った。

11人の選手は、呆然と、まるで奇跡を見るような面持ちでいた。そのとき、皆の胸を占めていたのは、負けた悔しさよりも、洋子のプレーに対する感動だった。
そして、不世出の天才と謳われた、健二の再来を思って、
胸を熱くしていた。
 



レギュラーの11人と部員約100人は、権堂の前に集まった。
皆、完璧な敗北に、部の解散を覚悟していた。

副部長の長島が、代表して言った。
「先生。今までお世話になりました。
 11人に対し、1人でも勝てることが分かりました。
 きっと死んでいった健二の魂が、この倉田さんに味方した     のだと思います。
 健二の死に対して、俺達はいつかはサッカー部をやめなけ     ればならないと思っていました。
 それが、今だとわかりました。
 これで、俺達は解散します。
 ありがとうございました。」
皆は、礼をして、去ろうとした。

「待て、待ってくれ。」
と権堂は叫んだ。
そして、洋子に向かい、両手をついた。
「君の兄さんを死に至らしめたのは、俺だ。
 全部俺が悪かったことなんだ。
 それを、全国1の名を汚すまいと、学校ぐるみで、
 俺の罪を隠し、サッカー部を温存させたのだ。

 俺は、これから、校長と共に、警察に行く。
 そして、すべてを話す。
 教育委員会の隠蔽も話す。
 もちろん、この学校を去る。

 だから、お願いだ。
 この連中にサッカーをやらせてやってほしい。
 彼らには何の罪もないんだ。
 すべては、俺なんだ。
 お願いだ。彼らだけは許してやってくれ。」

権堂は、地面にひれ伏して、頭を下げた。

副キャプテン長島が、言った。
「先生。俺達は、無罪ではないですよ。
 先生が健二を40発なぐったのをみんな見ていました。
 校長先生と権堂先生から、口止めをされましたよね。
 俺は、サッカーがやりたいのと、
 先生が怖かったから、口止めに従いました。
 今、深く後悔しています。

 1年生は、罪がないでしょう。
 だが、2年、3年は、みんな見ていたことです。
 それを、黙っていた俺達は、みんな有罪です。

 今まで、自分にウソをついてやってきました。
 でも、もう限界です。サッカーをやれません。
 全国1位より、健二の死の方が、俺にとって重いです。

 先生は、『男に二言はない。』といつもおっしゃっていた     でしょう。
 今さら、倉田さんに、俺達への許しを乞うなんて、みっと     もないですよ。
 部員だけは許すなんて、初めの約束にありましたか。
 失礼します。」

そういって、サッカー部は、西崎を残し、全員コートから出て行った。
その顛末を1000人が見ていた。

「じゃあ、権堂先生は、校長先生と、警察に行ってくださ       い。」
洋子は、権堂にそう言い、1000人に大声で言った。
「みなさん。見ていてくれて、ありがとう。
 全部聞いてくれましたか?」

「おお、全部聞いた。証人になるぞー!」
と声がした。
「そのときは、よろしく。ありがとーう。」
洋子は、手を振った。

観客も行ってしまった。

冴子、恵美、和也の3人は、誰もいなくなったグランドに立っている洋子を見た。
「今、洋子は亡くなったお兄ちゃんと、お話をしてるんだ       ね。」
恵美がそう言った。
そして、洋子をそっとしておくことにして、帰った。

洋子は、人が去ったグランドに、たたずんでいた。
『お兄ちゃん、みんなの言ったこと聞いてた?みんな、いい    人だね。
 後は、新しいサッカー部が復活するようにがんばる。見て    いてね。』

「倉田さん。」と残っていたキャプテンの西崎が来て言った。
洋子は西崎を見た。
「君のやってきたことは、全部意義があったと思うよ。
 それが、健二の願いでもあったと思う。
 ビンタやしごきでまとめて行く部活の時代は、
 もう終わりにしないといけない。俺もそう思っている。

 君は、一度そういう部の体質を全部壊した。
 君は新しく、いろんな部を始めようとしていると聞いた。
 そのときは、どうか一人でやろうとしないで、
 先生方や、俺達3年や2年生に協力を求めて欲しい。

 一度壊れて、みんな何か反省したし、大切なものがわかっ     たと思う。
 今度こそ、この学校が変わると思う。
 そのとき、健二の死がやっと浮かばれる。
 天国で笑ってる健二の顔が、見られると思う。」

「はい。新サッカー部。西崎さんも協力してくれますか。」
「もちろんだとも。」

二人は誰もいないグランドを見た。
夕日が西の空を染め、グランドを赤く照らしていた。

<おわり>

 

※長い物語を読んでくださって、ありがとうございました。

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         <洋子のイメージ>

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