スーパー洋子は、2種類いるのですが、馴染みのキャラは、この回にて登場します。もう、何回も再投稿しています。うんざりかと思いますが、読んで下さるとうれしいです。
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「スーパー洋子・誕生の巻」第1話《前編》

 

洋子もどき2

 

倉田洋次が、自分が未来社会から間違って派遣された
「スーパー機能クローン」だと知ったのは、23歳のときだった。
クローンであるから、人間と同じであって、お腹もすくし、排泄の要もある。しかし、洋次には、恐るべきパワーと、知能が搭載されていた。

洋次は、大学を出て、ある出版社に勤めた。
今は、10月、入社してから6ヶ月になったが、
仕事が極めて遅かった。

「もう、倉田くん、いい加減にしてよね。その校正、3週間前からの依頼なのよ。100ページもあるのに、どれだけ進んだの?」
直属の上司である、25歳の近藤百合子にせっつかれた。
百合子は美人で、洋次の好きなタイプなのに、
キツイのが玉にキズである。

「すいません。今、やっと25ページ…。」
洋次は首を引っ込めるように言った。
百合子の手に持ったノートが丸められ洋次を襲ってくるからだ。

「あのね、あなたは知ってるかどうか知らないけど、この作品は、あの『すべてはKより拡散する』をお書きになった、
数学者、山崎先生のものなの。
 極めて冷静な方で、めったにミスをなさらない。校正なんか要らないくらいな方なの。
 だから、勉強にと思って、倉田君に第一校正をさせてあげてるの。一つでも、ミスを見つけたら、誉めてあげるわ。」
「ええ?そんな偉い方の、ぼくやってんすか。どうりで、いくら見ても、ミスが見つからないと思った。ミスがないと、つまんないすよ。」洋次は言った。



洋次は、「はあ~あ。」とため息をついた。
出版社なんて、自分に向いてなかったのか。
作家の書いた小説の校正をするのが、洋次の主な仕事だ。
本が好きだからと思って入ったが、現実は、本が好きか嫌いかなど関係ない。

洋次は気分転換にトイレに立った。トイレに来て、小用だから立ってできるが、しばらく個室で休みたかった。
『ほっとできるのは、トイレの個室だけとは。』
トホホと洋次は、またため息をついた。

休憩にも限度があると思って、個室のドアを開けたとき、
「うそ!」と洋次は思わず、個室にもどり鍵をしめた。
トイレに女子社員がいた。
しかも、個室の正面も個室だった気がする。
男子が立ってするための便器もなかった気がした。
ここは、女子便所なのだ。

これは、自分が間違って、ぼんやりと女子便に入ってしまったのか。洋次は焦った。
だが、ふと見ると自分は、スカートを履いて、ショーツ、パンスト、そして、女子の靴を履いている。
股間に男の証がない。胸を見て、どきりとした。
会社の女子社員の制服を着ている。
白いブラウスに、紺のベスト。
胸を触った。膨らみがある。髪が長い。
洋次は、段々と自分を把握して来た。

体が、女になってしまっている。
洋次は、個室のドアに耳をつけ、人の音がしなくなるのを待った。そして、人の声が消えたとき、
「それ!」とばかりに、個室を出た。
そのまま外に逃げようと思ったが、立ち止まり、
トイレの鏡に映っている自分を見た。

女だ。女になってしまっている。
しかも、可愛い。
肩にかかる髪。
少女のような前髪。少し分けた隙間に、丸い賢そうなおでこを見せている。
洋次は、感動した。19歳くらいに見える。

洋次は、小さいときから、女装の趣味があった。
姉に内緒で女物の下着をこっそり着たりした。
女の子になりたいと、どれだけ願ったことか。
それが、鏡の中に本物の女である自分がいる。
ああ、やったあ、と洋次は奇跡だと、歓喜し、
トイレの中で、手を広げて、くるくる回っていた。

その内、一人の女子社員が入ってきた。
「あら、洋子さん。百合子さんが、
 かんかんに怒っていたわよ。
 一体どこで油を売ってるんだって。」
「え、そうなの?やだ、ああ恐い。」と洋次は言った。
そして、ドキッとした。声も女だ。
女の言葉をすらっと話した。

その女子社員は、自分を見ても、なんの驚きもせず、
自分を「洋子」と呼んだ。
どうやら、洋次が洋子になり、座敷ワラシのように、
洋子を前からいた社員のように、見ている。

洋次は、試しに、自分のデスクに戻って見た。
そこに、百合子が鬼のように立っていた。
「仕事も終わってないのに、何サボってるのよ!」
百合子にこっぴどく叱られた。

どうやら、洋子になって洋次のデスクに座っても、
なんの支障もないらしい。

「ひ、一つ見つければ、いいんですよね。ひとつ。」
と洋子(以後、洋子)は、ごまかすように百合子に言った。
「そうよ!」と百合子の恐い声。

洋子は、ワープロで打たれた、懸案のA4・100枚の原稿を見た。
25ページはやった。
そのとき、洋子は、原稿を見て驚いた。
そのページの文章のミスが、一目見た瞬間にわかった。
百合子は、1つでいいと言ったが、
第1ページですでに、4箇所ミスがあるではないか。
そして、自分が済ませた残り24ページも、
見逃した校正が75あることもパラパラと見ただけでわかった。

洋子は、そのときある仮説を立てた。
スーパーマンのように、自分は今、人力を越えた能力をもっている。
女・洋子になるには、男子トイレに入ればいい。
出たときは、洋子になって女子トイレから出てくる。
逆に女子トイレに入れば、自分の意志によって、洋次に戻れる。

同時に思った。
この能力は、あまり知人の前で見せてはいけない。
昔から、超能力者は、人から疎まれ、たいてい悲劇が待っている。
100ページの校正原稿。
たぶん、5分で終わりそうだ。
しかし、5分で終わらせてはいけない。

それにしても、なんという能力だろう。
1ページを瞬時に読んでしまえる。
洋子は、3ページ目に出てくる人物の名が「啓治」となっていて、その後一度も登場せず、97ページで、やっともう一度出てくる同じ人物の名が「啓次」と、字が変わっている間違いを、パラパラ速読しただけで気が付いた。

試しに、校正のレベルを上げてみる。
例えば、ある同じ状態下の猫の目を形容するのに、
同じ表現が3回も使われているなら、これは、まずい。
接続語も近い文中での重複は、避けたい。
また、あえて漢字をひらがなで書いたのなら、
最後まで、その漢字はひらがなで書くべきである。
読者の60%が読めない漢字はルビを振るか、
ひらがなにすべきである。
『しかし』と使うなら『しかしながら』などと後で使うべきではない。
言語レベルは、全体に統一していなければならない。

敬語レベルの不統一もだめ。
さらに文の長短、リズムも考慮に入れる。
このように、校正のレベルを上げれば、例え、完璧な文を書くと言われる山崎の原稿でも、いくらでも校正の箇所は見つかるのだ。

相手は、超理性派の数学教授か。
よし、校正レベルを最高値に上げて、
全力で校正するぞと、洋子は闘志を燃やした。


【次回】「洋子、推理のミスを突く」です。

 

 

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