<第2部>「美少女・有香登場」前編


高杉修は、一日の多くを、17歳の娘リカとして過ごしている。
少女から男の体になるときは、鼻をつまんで口を閉じ、
むっと自分の息を吐けばいいが、その逆は大変だ。
体の中から、息(=気)を追い出すために、
掃除機を使っている。

掃除機をONにして、口にくわえるのである。
ちょうどいいところで止める。
修は、毎回、この作業はカッコ悪いなと思っている。
座禅を組んで、息を吐いて行くこともできるが、
それは、とても時間がかかるのだ。
掃除機が早い。

日中、修はリカとして、買い出しに行く。
皮製品の作製所に、
問屋より早く、掘り出し物を見に行く。
布類も、マニアだけのマーケットがあり、問屋より早く
よい生地を先に買う。

「おばちゃん、これと、これと、これ。」と一反単位で買う。
「リカちゃん、若いのに、いつもながら目がいいね。」
と、おばさんは言う。
「ほんと。あたし、当たってる?」とリカ。
「ああ、真っ先にいいの買ってくよ。」とおばちゃんは笑う。



日曜日である。
リカは、10時に家を出た。
しなしなしたミディスカートに袖なしのブラウス。
上着に、凝った網目の草色のカーディガンを着ていた。

すると、向こうから、驚くほどセンスのいい女の子が来る。
春色のワンピースに白いメッシュのボレロを着ている。
大変な美少女だ。歩く姿もいい。背も年も、リカと同じくらい。
リカは女装子だ。
リカは、その子が10メートルに近づいたとき、
その子も女装子だと気が付いた。
話しかけない手はない。
めったにいないパス度の高い子だ。

近づいたとき、
「あの。」とリカはその子を止めた。
そして、その子の耳元に、
「あたし、女装子です。」と小さい声で言った。
そして、その子の前に立った。
その子は、パチンと両目を大きく開けて、リカを上から下まで見た。
それから、会釈をして、すれ違おうとする。

リカは、追いかけた。
そして、また、その子の耳元に、
「あなたも、女装子だと思うんだけど。」と言った。
その子は、また、立ち止まって、目を大きく開けて、リカを見た。
そして、大きくうなずいた。

一言もしゃべらない。
聾の子ではない。
耳元でささやいた声が通じた。
場面緘黙(こだわりがあって、ある場面では、しゃべろうとしない)の子だろうかと思った。
なんだろうなあと、リカは考えていた。
すると、「ごめんね。」とその子はほんの小さな声で言って、リカのそばを通り過ぎようとした。
そのとき、リカは、すべてがわかった。
声だ。その子の声は、女の子としては、気の毒なほど低い。
男子の中でも低い声だ。

喉仏はない。手術したのだろうか。
しかし、喉仏の切除では、低い声は治らない。
「待って。」とリカは、その子の手首をつかんだ。
「あたし、治せるかも。あなたの声。あなたが望むなら。」
と言った。
その子は、足を止め、振り返り、
「ほんと?」と言った。
「うん。多分。」
「あたし、有香っていうの。」
「あたしは、リカ」
「いくら、ボイストレーニングしても、ダメだったの。
 中1から、ホルモン打ったけど、
 声変りに追いつかなかった。
 声帯の手術でも、限界があるって言われたの。」
「あたしがやってみる。ダメ元じゃない。」
リカは、そう言って、有香を美容室に連れて行った。
有香は、美容室の小さな札を見ていた。

丸椅子に座らせた。
有香は、変わった室内をキョロキョロと見回していた。

「あの、一生女の子の声になってもいいの?」リカは聞いた。
「うん。あたし、男に戻れないから。」と有香は言った。
リカは、有香の後ろに立って、喉に手を当てた。
「気」を入れて、声帯の組成を変える。
「あ~~~~~~って声を出し続けて。」
「あ~~~~~~」と有香は、声を出し続けた。
リカが有香の喉に「気」を入れるにしたがい、有香の声が変わっていった。
有香は驚いて、目を丸くした。
有香の声はどんどん高くなり、やがて女の子の領域の声になった。
「もう少し、可愛い声にしようか。」
「う、うん。」
リカは、ここが可愛いと思うところで止めた。

「何か話してみて。」リカは言った。
「あたしは、有香、あたしは、有香。
 ああ、女の子の可愛い声になってる。
 ね、リカさん。ほんと?この声ずっとあたしの声になるの?」
有香は、今にも泣きそうな顔をして言った。
「うん、年齢と共に大人の女性の声になるけど、
 声帯の組成を変えたから、ずっとこの声よ。」
「ああ、うれしい。リカさん、ありがとう。」
有香は、両手を顔に当てて泣き出した。
「あたし、あの声のために、学校いけなくなったの。
 外に出て、一言も口を利けなかった。
 辛くて、辛くて、死んじゃおうかと思ってたの。」
有香は、泣きながら言い、やがて肩を揺らして泣いた。
泣き声が女の子だった。

しばらくして、有香は、顔を上げた。
「家族に知らせたい。」と言った。
「そうね。」リカは、にっこりと言った。
有香は、ケータイをバッグから出した。
「もしもし。」とケータイの声。
「もしもし、あたし。」
「あたしって、誰?」
「有香。」
「有香?女の子の声よ。有香なの?」
「あたし。声を治してもらったの。」
「まあ、ほんとなの?ほんとに有香なの?」
「女の子の声に聞こえる?」
「ええ、聞こえるわ。可愛い声よ。」
「そうお?うれしい。あたし、これで、学校にいける。」
「そうね?」
受話器の向こうで、お母さんの泣いている声がした。
「くわしいことは、帰ったら話すね。」
「そう。おめでとう、有香。夢のようだわ。」
「うん。じゃあ。」
有香は、ケータイを収めた。

有香は、丸椅子から立って、顔中涙でいっぱいにして、
リカに、抱き付いた。

(このお次に、二人のニャンニャンがありますが、
 ブログの都合上、割愛いたします。)


「リカさんは、魔女っ子なの?」と有香が聞いた。
「魔法じゃないの。ある修業を積んだの。」
「ここに入るとき、小さな札を見たの。
 高杉修 美容室ってあった。
 高杉修って、あの有名なウルトラ美容師でしょう。
 ここは、高杉修の美容室なの?」
「うん。そう。」
「リカさんは、先生の助手とか弟子とかなの?」
「ううん。高杉修本人よ。」

「ええ?うそー!高杉修って男の人だと思ってた。」
「男よ。言ったじゃない。あたし女装子だって。
 男だけど、昼間は女の子のリカでいるの。」
「わあ、じゃあ、あたしは、あの天才高杉修さんに声を治してもらったんだ。
 だったら納得。高杉修は魔法使いだって言われているもの。
 ああ、あたし、なんて幸運なんだろう。」

「幸運なのは、有香じゃなくてあたしよ。
 有香の洋服のセンス、並じゃないわ。
 めったにいない子だと思ったの。
 有香は、学校へ行ってない・・。
 いえ、女の子の声になったから、もう学校いけるよね。」
「うん。中1のときGIDの診断もらって、
 女子として学校いけることになったけど、
 あんな声だったから、中学は男子として通したの。
 高校は、初日だけ女子生徒として通ったけど、
 声が恥ずかしくて、ずっと不登校してるの。
 喉の病気だってことにしてあるの。もう1年以上になる。」
有香はそう言った。

「でも、もう行けるでしょう?」
「うん。年齢的に2年生だけど、1年生に入れてもらう。」
「そうっか、平日は無理ね。じゃあ土日。
 有香、土日だけ、ここにお手伝いに来ない?
 有香は、GIDでしょう。
 将来一人でも食べていけるように、布や服装の勉強するといいと思う。
 あたしといっしょに、いろんな生地や皮製品の市場にいくの。
 有香は、いい目をしてる。
 いいものをたくさん見るのよ。」
「わあ~、それ最高にうれしい。あの高杉修の弟子になれるの?」
「弟子じゃないわ。相棒になるの。」
「それ、もっとうれしい。」
有香は、リカに抱き付いて来た。


■次回予告■

ウルトラ美容師・高杉修「第3話・1話完結「ブログのプロフィール」



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