先日、ある女性歌手のライブを聴きに行ってきた。

甲斐久仁江というジャズ・ヴォーカリスト。

あまり日記的なことは書きたくないが、これは例外。

彼女がジャズを歌い始めたのは10年ほどまえだが、
それ以前の学生時代からよく知っている古い友人。

そのライブで歌う彼女の写真を。ブレてるけど。


$WTBNL“Weblog To Be Named Later”-久仁江ライブ

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店は代々木のJAZZ LIVE HOUSE「NARU」

ここは60年代半ばにジャズ喫茶としたオープンした
歴史のある店で、出演するには相応の実力が必要。

彼女は、とくに英語の発音がネイティブ並にいい。

でも、なぜか英語を話せないのだが(笑)。

この店以外でも、西新宿の「あ・うん」をはじめ、
高円寺「アフターアワーズ」「ピアノラウンジJJ」
などでも歌っているので、機会があればぜひ。

ちなみに、この日の彼女が歌った10数曲のうち、
いちばん好きなのが“My One And Only Love”。

映画“Leaving Las Vegas”でスティングも歌った、
なんとも印象的なスタンダード・ナンバー。


ハゲについて書くと必ずやつらがやって来る。

発毛や育毛剤などの薄毛サイトの連中。

メールしてきたりペタとか、やたらとうるさいのだ。

おれに育毛剤なんか勧めてもムダなんだけどな。

たしかに、おれは将来、磯野波平のようになると思う。

波平といえばハゲた頭頂部に1本残る毛が有名だが、
あの1本を大切にする気持ちもよくわかるし(笑)。

でも、おまえらに髪の毛を心配してもらう必要はない。

ほっときやがれ。

だいたい育毛剤なんかとっくに試したよ!(笑)


$WTBNL“Weblog To Be Named Later”
プリンスとマイケルが同じステージに立つという、
かなり貴重な映像があることを最近知った。

80年代のビッグ3はこのふたりとマドンナだったが、
殿下とMJがからんだりすることはまずなかった。

少なくとも表面上は。殿下とマドンナはともかく。

ただMJは何度も殿下にアプローチをしていたらしい。

たとえば1987年の“BAD”は殿下と歌うために作曲し、
MJはそのオファーでプリンスと会食までしている。

しかし殿下はこの話を断り、結局“BAD”はソロに。

数年前にもMJは殿下にツアーへの出演を依頼したが、
この共演もプリンス側が断り、実現しなかった。

同じことは85年の“We Are The World”にもいえる。

プリンスはマイケルのことが嫌いだったのか。

そんなふうにも思えるだけに、10月のパリ公演後、
殿下がMJの死について初めて語ったときには驚いた。

外電によれば、「マイケルの死についてどう思うか?」
と訊かれた殿下は、少しの沈黙後、こう言ったらしい。

「愛するひとを失うというのはいつも悲しいことだ」

ちなみに下のニコニコ動画をみてもらえばわかるが、
MJと殿下を共演させたのはJB、故ジェームス・ブラウン。

おそらくJBでなければこんな荒業は不可能だったはず。

ただし、共演というよりも、ニアミスに近い感じだが。

よくみると殿下の登場と同時にMJがいなくなる(笑)。




マッドアッシュに染めていた髪の毛を地の色に戻した。

つまり、金髪に近かった色から、ほぼ黒髪になった。

まえにも書いたと思うが、おれが金髪にしていたのは、
薄毛、とりわけ生え際のヤバさをごまかすためだった。

しかし、金髪の短髪を維持するのは想像以上に大変で、
ひと月に最低2回は美容室に行かなければならない。

しかも何回も色を入れるのでそのたびに4時間は必要。

ハゲ隠しのためとはいえ、手間がかかりすぎるのだ。

かといって、放置しておくと色が落ちるし、髪も伸びる。

だから外出するときはつねに帽子をかぶるようになった。

とはいえ帽子をかぶり続けるのも髪の毛によくない。
頭皮や毛根に対してさらに悪影響が及ぶ可能性がある。

そこで、主治医たる美容室のおねーさんに相談した。

「髪の毛、黒に戻したいんですけど、どう思います?」

彼女はおれの生え際を冷たい眼差しで一瞥し、こう言った。

「うーん、そうねえ……。微妙

ようするにハゲが目立つってことか。このビ◯チ美容師!

おれも内心わかっていたが、もうあとには引けない。

思いきって、色を入れずに、ただばっさりと髪を切った。


$WTBNL“Weblog To Be Named Later”


それがたしか、ちょうど1週間まえの出来事だったと思う。

以来、まともに鏡をみていない。全体像をみるのが怖い。
なんというか、現実と向きあう勇気が持てないのだ(笑)。


ボブ・ディランの新作の日本盤が発売されましたな。

初のクリスマス・アルバム“CHRISTMAS IN THE HEART”。

しかし、なんでいまさらクリスマス・アルバムなんだろう。

ディランがユダヤ教からキリスト教に改宗したのは1979年。
いくらでもΧmasソングを歌う機会があったはずなのだが。

とにかく、ディランといえばやはり“Like a rolling stone”。
それもダミ声になるまえの、まだ若かったころの歌がいい。

これはいまから43年前、1966年のLive(削除されるかも)。