カメラに興味を持ったのは小学校6年生のときでした。機能もさることながら本体の美的構造が、一種の芸術作品のような感覚で、数多く店頭に並ぶカメラを横目で見ながら眺めていました。
自分で持ちたいとの思いを父親に伝えると、買ってもらったのが、ヤシカの二眼レフで、当時はサラリーマンの月収ほどする高価なものでした。露出やシャッター速度は手動でセットするもので、もちろん手振れ防止装置など付いていませんでした。
社会人になって、35ミリのフイルムカメラ「キヤノンFTB」を購入し、カメラ店が主催する撮影会にも参加するようになりました。写真の妙味は、光と影のシャッターチャンスでしょう。光に色気を感じたことと、その瞬間は真実を写しているものと思ったからです。
長い間、写真は真実を表すもので、いろいろな判定に利用すれば証拠になると思っていました。ところが、時代とともに技術が進み、画像に変化を加えることで、必ずしも真実ではないことまで表現できるようになりました。
昔の白黒写真では、露出の調整やシャッター速度で画像に変化を加える程度でしたが、今ではAI(人工知能)によって生成された画像と実際の写真を区別するツールが必要になりました。ツールは一般的な画像JPG,PNG,WEBPなどに対応する検出器があるようです。
注意が必要なのは、画像がすべて事実ではない世の中になったことで、愉快で楽しい創作画像がある一方で、架空の画像や映像と音声が犯罪に利用されることです。「良心やマナーに期待すればよい」では済まされないこともあります。
写真家(プロフェショナル)の画像あるいは映像には「生命」を感じ取ることがあります。見る人に訴える力を与えてくれますが、実際のものかどうかは見る人の判断と価値観でしょう。
