ミラノ・コルティナ冬季オリンピックで毎日のように日本の選手が活躍している様子がテレビ画面を通して伝わって来ます。白い雪と氷の中で各国の選手が力一杯に戦っている映像を見る度に、平和な国にいて良かったと思っています。
昭和57年の夏頃でした、勤めていた建設会社の帰り道、入社をお世話いただいた加藤信義氏(故人)から名古屋市中区金山の「手羽先の店“風来坊”で飲もう」と誘われ、日本酒を互いに飲んでホロ酔い機嫌になったところで聞いたのが「シベリア抑留生活」の話でした。
加藤氏からは、極寒の屋外作業やロシア兵のこと、食事や汚物に至る話まで、あまたの厳しく つらい話を聴く事となったのです。そして、勅命に従ったが「戦争で平和は生まれない」「戦争に正義はない」戦争で苦しみや悲しみを強いられた抑留生活を語り、その責任をどちらの国が負うべきか白黒決着は困難であるとも話しておられました。
なぜ今、この話しかといえば、厳寒の環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要させられたことにより、多くの抑留者が死亡しました。この行為は、武装解除した日本兵が帰国して家庭への復帰を保証したポツダム宣言や、レーニンの共産主義思想にさえ「背いた行為」だったことを証明する最後の人だったと思うのです。
白い雪と氷のスポーツの祭典をテレビ画面で見ていると、やがて過去の「戦争の記憶」さえ失ってしまうのではないかと思うこの頃です。今 そうした先人たちの経験や死を無駄にすることがなく、平和をかみ締めて生き「遠い記憶にしない」ことだと思うのです。
自宅前にて通学のバスを待つ子どもたち
2008年2月19日 木曜日、午前 6:56撮影
