今は昔 川崎のころ►③ | レガシィの呟きとか
カラカラに乾燥した寒い日がつづき冬休みの気分ですが、2017年も暮れですね。
ロケットで宇宙基地に行って何ヵ月も滞在し色々な実験をしたり、凄いですね
しかし裏腹に拉致被害者の奪還も、その要請の話し合いもできない、拉致被害者は日本人だけではないと思うのですが話題にもならない。
海外では人身売買が行われてもメディアを通して批判することしかできないし、日本では良き風習でもあった修身雇用制も大企業の利益創出のために、人材派遣会社なんか作ってなんとなく知らないうちに、多くの若者が、まるで人種差別的に低賃金、低福利厚生にあえいでいるのを知りながら、まるで他人事みたいに横目でみなから、北が怖い怖いってトランプちゃんトランプちゃんって何千億円税金使う気なんでしょね、鉄砲たくさん持てば安心安心と国民に安心の押し売りですかね?日本政府の三権私物化
日本はどうなってしまうのか?

へんな話しにそれてしまいましたが、🐻❨クマさん)の昔の話しに戻り

とにかく幼少のころは、天真爛漫に毎日野山を駆け巡り、小さなジャングルのなかで生きてたのです
人と話すのが超苦手で
友達と遊んでいても友達のことや気持ちを考えたこともなく、まして今の子供達のように大人と対等に話したことなど全く無かったのです

しかし
小学校の5年生になって、よく言う牛乳瓶の底みたいなメガネをしたM先生が転勤して来て担任となり🐻の人生は大きく変わったのです。
このMさんクラスの皆に色々な経験談を話してくれたり、色々な疑問符を容赦なく浴びせてくるものだから
その上いい答えが出ないと授業が終わらない、つまり帰れない
なんだか訳も分からず、クラスの皆が真剣に考えた、そして自分の考えたことを発表する、そんなちょっと変わった授業が二年間も続いた

例えば、野球のアンパイヤの話し、🐻さんチームのピッチャーが大事な場面で微妙な投球、ほんとはアウトのボールをつい「ストライク」と叫んでしまう
アンパイヤは間違えたとは思ったが~試合をそのまま続け
🐰さんチームが守備のときに同じようにアウトのボールをストライクの判定をしたのです

先生は我々生徒(児童)に向かって、このアンパイヤの行動をどう思うか

とか

帰りの清掃のときに🐻や私達4名が掃除をさぼって遊んでたら
M先生カンカンになって怒り
クラス全員集め、どうしてこうなるのか考えろー

みたいな難問もたびたび

遊ぶことしか知らなかった🐻も理屈を考えたり仲間の気持ちを考えたり、何が正しいか何が間違いなのか
考えたりそれを発表したりしてるうちに、なんか勉強することの意義やら楽しみまで感じるようになるのです。
今までほとんどやったことの無い勉強が日課になり、自分のことも少しずつ考えるようになってゆきました

そんなこんなで🐻さん、小学校卒業の頃には、なんとか普通の子供になれたのです


🐻にとっては恩人となるこのM先生、一部の女子児童には評判悪かったみたいです

かきはじめは12月でしたが
2018お正月になってしまいました
(^-^)/