2日目ホテルからバスで十和田湖へ。湖が一望できる展望台に駐車してくれた。十和田湖の周囲には人工的な建物はない。旅館やホテルが林立する他の観光地の湖とは違った風情が良かった。

高村光太郎の彫刻 乙女の像の前で集合写真を撮った。この像、左右二人が立っているけれどモデルは一人。鏡に写った実と虚を表現してるらしい。

そして今日一番のイベント

奥入瀬渓流へ

私が高校生の時、親友と夏休みの話をした。彼女、奥入瀬が良かった・・・・と言った。その頃から奥入瀬は憧れだった。

十和田湖の水を管理して放流しているのでいつも一定量の水量があるとか。森の中に銚子大滝が見える。

十和田湖に注ぐ川は一つもなく、奥入瀬川だけが流れ出す唯一の川。十和田湖の神秘さを感じる。銚子大滝が川を上る魚を拒み十和田の神秘性を守る番人とも言われているそうです。

ネイチャーガイドの説明を聞きながら・・・約2時間の山歩き。ここにもブナやカツラの木が多く豊かな自然を感じました。昔、ブナの木はお金にならない木。材木にならない木でした。それでブナを 橅 と書くそうです。カツラの木の葉は甘い香りがすることも知りました。

阿修羅の流れ・・・

奥入瀬渓流の中で、最も急流でその流れに阿修羅を感じその名前がついたのでしょう。水しぶきをあげて流れる渓流に心まで飲まれ流されるような気分でした。

渓流沿いの山から落ちる大小様々な滝を見ながら歩く2時間があっという間に過ぎました。この豊富な水が外人さんから見ると羨ましい事で、日本の水源が外国に買われる事実もあるようです。 日本人には当たり前の山の水かもしれませんが美しい日本の水を大切にしたいものです。

売店でビールを買いバスの中に持ち込むオットット様。

『山歩きの後のビールは美味しい。』  わかってるって・・・でも、ビールはいつも美味しいよね。

車の運転がないオットット様は、昼間からビール三昧でご機嫌の山歩きツアーです。

 

その後、八甲田山に向かってバスが走りました。ツアーならではの速飛びです。

 

ゴンドラに乗って山頂へ。自由時間の1時間で山頂の湿地帯を歩いて来ました。こんなに良い景色があるなんて・・・もう少し滞在時間が欲しいくらいでした。ツアーはあちこち行って、すぐバスに乗る。仕方ないです。

1時間の散策の後、ゴンドラに乗って山を下り、バスでホテルに連れて行ってもらいました。

 

ツアー2日目も楽しく無事に過ごせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回り年齢のちがう友達がいる。彼女、アメリカから帰国したら体調が悪くなって入院。

面会はご遠慮下さいとのことでお見舞いも出来ない。

そのうちに痛みもとれて元気になれば会いたくもなるだろうと思っていた。

私も暑くてクーラーを使用したら喉風邪から気管支炎になってしまい熱まで出る。

これじゃお見舞いも出来ない。

 

すでに10日くらいたつのでご主人に電話した。

私の事を気にしてか・・・・病名を言わなかったご主人、今日は彼女が癌であることを告げた。

お嬢さんもアメリカから帰国して今後の病院側の方針を説明されるそうだ。

当の本人は自分の病名を知らされていないとのこと。

元気な人で病気なんかしないと思っていたのに・・・・・4kgも体重が落ちたと聞いた時はもしやと思ったが・・・・そのもしやが当たってしまった。

いろいろな事を話をしているうちに彼女の内面の人間性とか優しさとかに触れて、姉のような気持ちで接していた。

アメリカに行くときも駅まで荷物を運んでと頼まれ、元気よくホームに上がって行く彼女の後姿を見送った。

海外に出かけれる喜びで子供のようにはしゃぎながら改札を通って行った。最期の彼女の姿になって欲しくない。

これからご主人とお嬢さんで今後の治療について病院からの説明を聞くそうだが、場合によってはホスピスみたいなところでお世話になるかもしれないとご主人が言っていた。

生命力がある彼女だから、復活して元気になれると思う。

又、笑って話が出来る事を祈っている。

頑張って欲しい。

 

 

 

 

関東地方はずっと暑い日が続いています。ハハ様の部屋はエアコンが昼夜つけたまま。

エアコン嫌いの私、2階の部屋を開け放ち汗をかいています。水と塩分を補給して・・・・汗と一緒に体の毒素を出す。簡単な  デドックス 午前中の日課としていますが、

 

お昼を食べる時にエアコンをつけそのままずっと涼しい部屋です。

 

そういえば・・・・ちっちがいない。

ネコは夜行性ですから昼間はほとんど一番、安心できる部屋にいることが多いです。

夜も時々、外出しますが、すぐ帰宅して私のそばで寝ています。

 

このところの暑さで・・・・さすがのネコもバテバテ。

10日くらい前には体調が悪くなって、これは暑さのせいではないかもしれませんが瞬膜というネコの目に膜が出て、ちっち猫の人相(猫相)が悪くなりました。目がしらに膜が出てきて顔つきも変!!

目に黴菌が入って瞬膜炎になることもあるそうですが、ネコの体調が悪くて、それを直さなければ瞬膜は出たままになることを知りました。熱も40度近くあって普通でないみたい。

同時にハハ様も少し体温が高い。高齢者は体温調節がうまくいかずにちょっとしたことで熱が上がるそうです。水分もOK。部屋はずっとエアコンがついているし・・・・・山のツアーにも参加する予定になっているのですが・・・・行けるかどうか、ヒヤヒヤです。

 

それで、ハハ様をかかりつけの病院へオットット様に休んでもらって連れて行きました。

家で38度くらいあったのに病院で2度はかっても平熱?????

事情を話して、血液検査をしてもらいました。その結果、医師も????念のために高熱が出たときの薬をもらいました。

この暑い時期、病院はいつになく混雑していました。風邪をひいている人が多いようでした。

ちっちもハハ様と一緒???? 動物病院に連れて行こうかどうか迷いましたが食欲も出てきたので様子を見ることにしました。

 

現在、瞬膜も戻りちっちも元の顔に戻りました。

 

あれ以来、ハハ様やちっち猫の体温について敏感になっています。

 

こんな暑い日は、いくらエアコンがあってもハハ様の食は細くなり、体も枯れた木のようになって干からびそうです。ちっちネコは???   いません。

 

押し入れやちっち猫が入りそうな場所を探しても見つかりません。さっき、ミャ~~ンと言って私のそばに来たけど・・・・・。この暑い中、外に出たのかしら・・・・帽子をかぶり日傘をさしてちっち猫のいそうな草むらや軒下を探しましたがいません。

午後、1時半 1日でも暑い時です。この間、体調を悪くしたこともあって心配が募ります。

 普段、いる場所をあちこち探しても見つからず・・・・ 

物置代わりになっている北側の部屋も・・・・・ 

奥のほうを見ると・・・・・・・・・・・金属製の物入れと、プラスチックケースの隙間にいました。

 

 

2階の北側の一番、涼しい場所なのかもしれません。金属製の物入れに頭と手をつけて体の熱を放散しようとしているのかもしれません。

ここなら安心しました。

 

 

 

 

去年の秋   に次いで2回目の八幡平。新幹線、盛岡駅からバスに乗り換えて。

向かう車窓は碧空だった。新幹線の中で腹ごしらえのお弁当を整いました。午後12時34分

 

と、12時35分 フロントに雨粒が・・・・いやな予感。それにしても時間差1分。向かう八幡平の空は怪しくなってきた。

雨の中の八幡平の山歩きツアーは行われ、

 

下山後、あらら・・・・・鉱山跡地の集落を通過するときは空は真っ青!!

八幡平の山頂だけが雲の中。私たちあそこにいたんですネ。山では麓と山頂の天気が全く違う事を知る山歩きでした。

八幡平は去年も雨だった。晴れ女もこういうことあるんだぁ~~。

 

 

山歩き後記

晴れ女の私も、八幡平では通用しないのですネ。去年に続いて天候が悪く、気温も下がり、ちょっと最悪のコンディションでした。ガイドさんがいるので安心できるから雨が降っても平気ですけど・・・・・・。

ネット友達のプリンパパさんが教えてくれたように、今回はレジ用の袋を登山シューズに被せてレインウェアーのズボンを履き、サッと支度が整いました。それにしても同じ場所で悪天候に当たるなんて、

いまだかつてないことです。

おっとっと~のオットット様~~~大丈夫だよね?去年は、彼の支度が遅くて出だしから遅れてしまった私たちだった。

すると・・・・おっとっと~~ なんとシューズは普通のスニーカー。それも防水でない。晴れ女の私に期待して頼り過ぎるのは危険デス。

雨も風も強く、参加者34人のうち20名くらいが山歩きに参加。残りは雨の中を歩くのは厭だそうで休憩所で待機するとのこと。山歩き組は1時間コースと2時間コースを選ぶのですが、オットット様のシューズを考えると・・・無理はしたくないので1時間コースに参加しました。約10名にガイド付きで出発です。

顔に当たる雨粒がとても冷たくて痛い。もしかしてあられが混じっているのかも。1時間という事でバスの中に荷物を置き、手ぶら状態で歩くことにしたのでセーターも置いて来た。

オットット様は、レインウェアーが防寒具の役目もするから・・・・・・そう言うので身軽にしてしまった。が・・・最近、買ったこのウェアーは夏山用の蒸れ防止機能で防寒具としては全く通用しない事がわかった。半袖の上に直接に着たウェアーに雨粒が当たると濡れてもいないのに冷たく感じて寒いのだ。私たちの前に歩いていた他のグループが帰って来て、ひどい雨でびしょびしょになるから荷物も減らした方が良い。ウェアーの中まで雨が入ってびしょびしょになりながら私に説明してくれる。カーディガンを着た私に、歩くと暑くなるから・・・・・着すぎじゃない?と私にアドバイスしてくれた。

そんなわけで半袖一枚にレインウェアーだけ。これは私には寒すぎた。気温は更に下がり18度。ツアーの歩き方は遅い。ガイドさんの説明を聞きながらだから思うように歩けない。ガイドさんは冬の支度をしていると言う。私は震えながら説明を聞いた。

道には雨が溜り、あちこち水たまりができている。その中をジャブジャブ入る。オットット様の靴の状態は? ひどいもので私も寒いけど、オットット様は更に寒いだろうに?

去年、歩いたところなので山歩きの環境は悪くても・・・・・私は我慢も出来た。

 

八幡平のネイチャーガイドの説明。

○ 針葉樹の葉から出るフィットンチットという物質は、人間の免疫力を高める効果がある。特に八幡平はフィットンチットが豊富で2時間いるだけで1か月もその効果が持続する。呼吸器からとりいれられたフィットンチットが血液に入り、自律神経に働き高血圧や腎機能亢進など良い影響が出る事が旭川医大の研究により今年の2月に発表された事実。特に八幡平はフィットンチットが一番、豊富な山。

この説明を聞いただけで私は、八幡平の山歩きが大好きになりました。フィットンチットは体だけでなく、心に幸せホルモンを出させる効果があるのかもしれませんネ。

 

雨が降っても

風が吹いても、寒くても

心は暖かく幸せでしたから~~~~

 

 

ハハ様のショートを利用して東北の山歩きツアーに参加した。

6月出発の似たコースをJTBで申し込んだ時、1ヶ月前に参加者私たちだけの2名だった。催行の決定如何が出る2週間前まで待てないのでキャンセルした。あの時はついてないなぁ~~っていう事が重なった。今回は

十和田、奥入瀬、八幡平、八甲田、白神山地 

欲ばり山歩きツアー3日間

涼を求めて湿地帯、渓流、滝、湖と歩いて歩いて・・・

オットット様の相変わらずのおっとっと~~が連発!! 私の大ボケも炸裂!!珍道中。ご夫婦様 約10組の中に紛れて楽しいツアーになった。

山歩きをしてくると1週間くらい 幸せ感 が続き、体調も良好!!以前から、体験を通して実感していましたが今回のツアーでそれを納得しました。

今回は現地のガイドさんが付いて説明を聞きながらの山歩きでした。

針葉樹からフィットンチットという物質が出て空気を浄化する。動植物の死骸などもこのフィットンチットのおかげで速やかに分解され、腐敗臭などがない。森がきれいに保たれるというわけです。人間の自立神経にもよい影響が出て高血圧、糖尿病、肝機能の改善など最近の研究で分かって来たそう。

私、これを聞いて納得しました。山歩きは私の元気を維持してくれると。八幡平のフィットンチットはとても多くて2時間いるだけで呼吸器などにもよい影響が出て、1カ月その効果が続くそうです。← 期間についてはほんと?と思うけど・・・・・確かに1週間は実感しますから。

そして、滝や渓流から出るマイナスイオン も心身に良い影響を与えることも知りました。おかげさまで

ハッピーホルモン いっぱい溢れて帰宅しましたょ。

 

フィットンチットとマイナスイオンを取り入れて

夏の酷暑を乗り切ろう!!

 

   

 

   

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梅雨時に、塩漬けした梅。関東地方で梅雨明け宣言がされた日から干してみました。

三日三晩の土用干し

3日間、昼、夜続けて干す。いろいろな解釈があるようですが・・・・・・。

私は1日、日中に干し、夕方にはつけダルに戻す。雨が降る心配のなさそうな夜を見はからって梅酢から取り出して夜干しをする。そして明け方には梅酢にもどす。この作業を日中3回、夜3回干して梅干を作ります。

以前、本で読んだのを参考にして私流の梅干しの作り方ですが、手がかかります。その分味がまろやかになり、ふっくらとした梅干しができるような気がします。

本当に手のかかる梅干しちゃん達です。

7月22日 関東地方に梅雨明け宣言がされた日。1回目の昼間干しです。

まだ、梅が黄色ぽいですが日に当たると日焼けして赤くなってきます。

2~3日、留守にしていた間、元の梅酢の中で最後の出番を待っていた梅干しちゃんたちの最後の日光浴です。

2回の日干しと3回の夜干しが済み、梅干しらしい色になって来ています。色もきれいだったからあえて赤しそは使わないことにしましたが十分な色だと思います。

梅酢の中に出し入れをするので皮に傷ができてしまう梅干しもあります。タッパーの中のものがそれです。丁寧に扱っても皮が破けるくらい柔らかいので梅干しとして最高の味に思えます。これは別扱いをしてタッパーの中で管理します。干したら梅酢を注いで干すときは梅酢をたるに戻してそのまま干しています。キズものですがエリート梅ちゃんです

夕方、梅酢にまた、戻して雨が降らないようでしたら最後の夜干しができて完成する予定です。

  

 

 

 

 

6月の作業

水でほこりなど汚れを洗って2時間くらいつけてあく抜きをする。(時に半日つけることもありますが、採りたてできれいなので短時間つけました。)

風通しの良い場所で水気をとるために干す。(一晩このままの状態で置きました。)完熟梅の香る部屋は幸せ感がいっぱいです。

一つ一つヘタをつまようじで取り除く。LLサイズだから数も少なめでオットット様とおしゃべりしながら共同作業は楽々完了。)

ヘタをとった梅を焼酎に浸す。(雑菌が入るのを防ぐため。)

塩分は梅の重量の20%にすると失敗がなく、長期保存も出来ます。干し上がった後に塩分も抜く方法があるのですが、最初から12%にしてみました。友達は10%以下でも作ることがありますが漬けている間に雑菌んが入りカビのようなものが出たこともあると言ってます。

漬けたるの底に塩を薄く敷き焼酎にひたした梅を置き、塩をまぶす。この作業を3~4回繰り返しするのですが、樽の底の方は少なめに塩ふりをする。(塩の3分の一は、漬けこんだ後の別作業用にとっておく。)

1段目はこんな感じ。↓

段を増すごとに塩の量を若干、増やします。(塩分は漬かりながら底の方にたまって行くので。)

2段目は少し塩の量を増やして。3段、4段と塩の量を少しずつ増やしていきます。

塩の3分の2の残りを全部降りかけた後にさらし布を梅にかぶせる。その上に残りの塩(3分の一)を密閉するように敷きつめる。(こうする事で塩分少なめに作った場合も雑菌から守れる。)

重しぶたをして重しをして完成。重しは完熟梅で柔らかいので梅の重量の半分を使いました。

蓋がしまらないのでほこりよけのビニール袋をかけて置く。2時間もしないうちに梅から汁が出て沈み外側の蓋も閉まるようになりました。

梅雨の明ける7月末まで、時々中を確認しながら待ちます。 

5日ほどで梅の汁が上がって来ました。

 梅酢も透き通っていてきれいです。

重すぎると梅がぺちゃんこに潰れてしまいます。中ぶたをして梅酢に梅全体が隠れる程度の重しに替えました。梅酢から飛び出している梅はかびるもとです。

 後は三日三晩の土用干しまでじっくりと熟成するのを待ちます。

以前、塩分を7%くらいでつけた時、かびないようにと冷蔵庫で管理しましたら味がうまく出ませんでした。常温でじっくりと作るのが一番のような気がします。

塩分濃度が低いとカビますし、高いと後で塩抜きをする必要があるかもしれません。塩も体に良い物を使うので塩抜きもしたくないし・・・・・。10~12%は必要な気がします。

 

 

 

 

 

私は夏生まれ。それも一年中で一番暑い7月下旬。子供のころ、誕生日のお祝いなんて・・・・特別になかった。

母親に『今日は、私の誕生日。』と言うと・・・・母は焦って・・・『何もないから、スイカでも買って食べよう。』こんな感じで忘れられる。切ったスイカをおなかいっぱい食べて苦しくなった記憶がある。あれ以来私はスイカは好きでない。

学生時代にお誕生会を仲良しグループでやったりしていた。期末テスト時期を夢中で過ごし、修了式。学校も夏休みに入り結局、8、9月生まれの人と一緒に・・・・なんかつまんないのぉ~~~。

自分でも誕生日を忘れるくらい私の誕生日は暑い!! 

オットット様だって、ビールを買うのを忘れないのに私の誕生日は必ず忘れる。だから60歳の年金がもらえる手続きをして以来、自分に自分へのプレゼントを先買いすることに決めた。

今年もブレスレット。色がきれいで思わず買ってしまった。オットット様にも見せた。

『これ、私への誕生日プレゼント。』

『それじゃ、それと合うネックレス買ってあげよう。』 オットット様。

 

ネックレスはオットット様が想像している金額の10倍くらいするのに~~~大丈夫かなぁ~~

おっとっと~なオットット様。でも、買ってもらおっと。

 

 

 

 

 

 

ご近所にアンズの木があって毎年実がなる。

今年は実り年だったようで通りかけるたびにたわわになる杏子が気になっていた。

熟して道路に落ちて自転車や車にひかれてベチャベチャになって・・・・・

他のご近所さんも実を拾ったり、掃いたりして気にしていた。

家の持ち主はほかの場所に住んでいて、借主の住人は忙しい人で顔を合わせる機会が余りない。

私、この木がとても気になって仕方なかった。

可愛らしくなって色づいてくる杏子がそのまま地面に落ちて朽ちるのがたまらなかった。

 

ある時、オットット様が

「杏子の実とってもよいって……。」 やっと住人に会えて許可をもらった。

落ちてしまったのも多かったが大分取れた。

道路もきれいに清掃してさっぱりした。

そして、アンズは・・・・・アンズジャムとアンズ酒になった。

 

 

 

 

 

作ったジャムや、そのジャムで作ったケーキをご近所の数軒に届けた。

評判も良くてあれ以来、手作りあんずジャムはマイブーム。

 

↑ の画像はご近所なった杏子です。実は少し小さめで酸味がとても強かったですが、味は濃厚。グラニュー糖でなくザラメを使って煮込んでみました。

 

 

作り方

1.杏子を洗って水を切る。

2.割って種を取り出す。

3.種を取り出した杏子の重さをはかりその、30~35%の砂糖(グラニュー糖)をまぶして一晩(5時間くらい)おく。

4.杏子から水分が出てくるのでそのまま火にかけて煮る。

5.吹きこぼさないよう火を弱めてあくを取り除きながら煮詰める。

 

あんずジャムは砂糖の量が少ないとジャムにならず液状になってしまうので、状態を確認しながら30~35%の砂糖を使用すること。

 

 

 

"認知症800万人"時代
認知症をくい止めろ
~ここまで来た!世界の最前線~

興味のあるNHKの番組だった。

ハハ様の介護を手伝ってくれると言っているオットット様と一緒に見る予定だった。

が、自治体の夏祭りが始まり落ち着かないオットット様、

放映の時間になったら・・・・『ちょっと出かけてくる』と夜の散歩行ってしまった。 

介護を一緒にしてくれるなんて言っているけど彼は認知症の話題には全く興味がないのかぁ~~~がっくり!!

そんなわけで一人でテレビを見ました。ハハ様の部屋ではハハ様も同じ番組みているけど~わかるかな?

 

認知症をくい止める・・・このテーマはハハ様の事だけでなく私も最近、記憶力に心配がある。認知症を食い止められたら・・・是非、それを知りたい。

認知症は25年くらいかけて発症するのは研究で分かっていること。その発症を5年間遅らせることが出来たら・・・・認知症の患者は半減する事が出来るとか。つまり認知症の心配がある人を発症の5年前から治療するとその人は認知症にならないかもしれないと言うこと。

発症の恐れのある患者の中に・・・・・認知症の進行がとても遅い患者がいる事に気付いた淡路島の医師。

それは・・・・現在も別の病気の治療薬として普通にある薬。『シロスタゾール』。血液の流れをよくする脳梗塞の再発を予防のための薬だ。この薬を処方されている患者は認知症の発症のスピードが遅いことに気付いた淡路島の医師が研究した結果、その薬が脳内の血管にたまったβアルミロイド(認知症の患者の脳に沢山ある物質)を取り去る効果もある事が分かった。

一方、アメリカでは糖尿病の治療に使用するインシュリンが認知症の進行を押さえる働きがあるらしい事が判り治験段階。認知症の脳では脳の栄養であるブドウ糖の吸収、利用する機能が落ちているらしい。それは糖尿病患者の糖代謝異常と似ている点に目をつけたわけ。インシュリンを鼻腔から吸入して脳の血管にインシュリンを取りこませる治療だそう。

日本の健保システムは、年金同様、団塊の世代が一斉にシニア世代に突入したために財政的に破綻寸前。いかに団塊世代の病気を減らすことが財政に余裕を持たせる手段だから政府も必死だと思う。

認知症の人にかかる医療費などはがん患者のそれよりも多く、家庭の負担も大きいそうだ。

高血圧、糖尿病、高脂血漿・・・・これらの病は生活習慣病と言われ生活を改善すれば予防できる病気とされている。又、生活習慣病の患者は認知症を発症するリスクも高いとか。日本の医療は治療のみに医師に報酬が支払われる。病の予防医療に力を入れる医師は患者も減り、当然、医師の受ける報酬が減る。

ところで、イギリスの話。

認知症になる患者が今後、増え続けると予想されていたが、政府の取り組みによって患者数が減った。その取り組みとは『患者の健康に貢献した医師にポイントをつけ報酬を増やす。結果、イギリスでは認知症の患者が激減して医療費が減ったとか。医師は一生懸命に自分の病院から重篤な患者が出ないように予防医療に力を入れたわけ。

日本の場合は病気の予防は市町村まかせで、医療は治療だけというシステムだ。病人を減らせば医師の収入も減るわけだし・・・・これが健保の負担増、以後の破綻の原因にもなっている。

シロスタゾール インシュリン すでに薬として認可されているもので、認知症予防の効果が認められつつあることは朗報だと思う。新薬の場合、認可されるまでに長い時間がかかるが、すでにあるものは時間がかからない。

認知症の治療 新しい時代に突入した NHKは言っていた。

認知症は生活習慣とも関係している。

糖尿病患者は2倍 喫煙者は3倍 のリスクがあり、

又、なりにくい生活習慣として運動、減塩、禁煙

これらは認知症の予防ばかりでなく心臓病などの発生リスクを押さえるのにもよいのだ。

 

ハハ様は私たち家族に介護をされているので本当に幸せと思う。(本人は自分は不幸のヒロインと思っているけど・・・)

私たち団塊の世代が一斉に高齢者になった時、子供数も減り人手も足りない不安がある。そう思うと団塊の世代の認知症のことを思うと恐ろしくなる。

認知症を予防できるのなら・・・・・いろいろ努力もしようと思う・・・・・

介護する立場の大変さを実感している私たちは自分の子供にその苦労をかけたくない。

ニィニィ、母の祈りは切実です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

電話が鳴っている。時計を見ると12時を回っている。ニィニィからかしら・・・・明日は会社を休むからお弁当は不要との連絡かも・・・・・・寝ぼけ眼で受話器を取ると、

『○○警察ですが・・・・・』

『ギョ!! ギョギョッ!!』

又かぁ~~。裸足で歩いている80歳代くらいの女性がいると通報があったのと事。場所は〇〇駅前のパチンコ店の辺り。

駅前は1~2分で行ける場所だ。よかった~~。

ハハ様が徘徊するようになってから、私はパジャマを着ない。いつでも出動できるような身支度で就寝する習慣にしている。

ハハ様の靴を持って駆け付けるとパチンコ店の電気は消え、薄暗い中、パトカーの点滅するライトが妙に明るくて派手に見えた。その光の中に小さく丸まったハハ様がおまわりさん2人に付き添われていた。

私、『ありがとうございます。』 『申し訳ありません。』とぺこぺことお礼を言ったり謝罪をしたり汗だくだった。事務的な質問などに答えハハ様を引き取った。

自分の家にも認知の年寄りがいて苦労は知っているからと、同情的に接してくれたおまわりさんに頭が下がる。

最近では体力がなくなり以前のような徘徊もなくなったが、このところ又、復活してきていると7年前のことを話するとおまわりさんとても驚いていた。そして、ため息をつきながら、

『たいへんですねぇ~~~。頑張って!!そのうちきっと良い事があるから。』 と言う。

あの時はおおよそ13kmをハハ様は徒歩で歩いた計算だった。

ハハ様のことを介護してくれる身内は誰もいない。介護施設やケアマネージャー、そして介護を経験した友達やご近所さん達のおかげで、どうやらこうやらハハ様を看ている。 

介護される側のケアは、いろいろあるけれど介護する側の心身のケアは余りない。ギリギリの状態で、警察などから厳しく咎められたら・・・・私、自信を喪失して落ち込んでしまうと思う。

そこにオットット様もやって来た。おまわりさんも又、2人パトカーに乗って様子を見に来てくれた。たくさんの人が自分を中心に話をしているのでハハ様はご機嫌。楽しそうに話をしているけど内容はメチャメチャで、おまわりさんは首を傾げて笑う。

4人のおまわりさんに、『おばあちゃん、元気で頑張るんだよ!!』なんて言われる。 若いおまわりさんをつかまえて、『あんた、家に来たでしょう。』 なんて言うもので不慣れそうなおまわりさんは引き気味だった。

オットット様、

『だから、門にチェーンをするように言ったじゃないか。』 と、家に向かいながら私を責め口調。

私、

『眠剤を飲ませたから、もう寝ると思ったし・・・・。』

玄関のドアベルをつけてハハ様がドアーを開けたとき音で分かるようにしてある。そしてドアーチェーンも、している。開けるのにコツがいるのでハハ様には開けられない。門扉にも暗証番号で開ける自転車用のチェーンを巻きつけて、ハハ様には開けられないよう工夫した。それが細かい数字を合わせて開けるのだけど私も苦労するので、夜に何かあったら(地震や火災)、閉所恐怖症の私もパニックだろうし何となく使用するのをためらってしまう。

ハハ様の窓にも鍵のほかにロック出来る鍵も付けて出入り出来ないようにした。いろいろ対策をしているのだけどちょっとした隙を狙うようにしてハハ様の徘徊が行われる。

健常者が歩いて1分の距離でもハハ様の足取りは遅い。それに飲んだ薬が効いてきたのだろうか道路に座り込み歩けない。そこにパトカーが通り過ぎて行った。すると、

『送ってくれればいいのに・・・・。』 ハハ様はパトカーを見送りながらつぶやく。

ご近所のMさんも、夜遅くの帰宅で通りかかった。

2,3年前、高齢のお母さんを看取った先輩だ。このご近所さんもいろいろアドバイスしてくれて助かる。

『お宅のお母さんは足腰が強いし、元気だからまだまだですよ~~~。手抜きしながら気楽に頑張って!!』 と言う。

 

自分の親が認知症になるなんて考えていなかった。ましてや老老介護の身になるなんて想像もしなかった。一人暮らしでも頑張っていたハハ様はしっかり者と思い込んでいた。

父親が亡くなり一人暮らしになってしまった後、ハハ様の認知症は少しずつ進行していたのだと、おかしな行動や言動に思い当たる節があり今になって思う。

私も認知症について深く理解はなかったから・・・・・・ちょっと後悔です。