大阪のピースママがお気に入りの宿。 『 誰が袖 』

九州3日目はPパパご夫妻との山歩きの後、お別れして私たち単独の湯布院で温泉を楽しむつもりで探していたとき、紹介された。

すぐに気に入って予約完了。なんと早割20%。Pパパさんに伝えると、同じ宿を予約しました・・・・と嬉しいメールが届いた。 

古民家を移築したそうで、古い木の調度や装飾品は心なごみ嬉しいものだった。(クリックして見てください)

 

                 

落ち着ける和風の部屋。1日、5組しか客をとらないのはサービスの質を落とさないためとか・・・・。温泉は2か所あり、家族風呂で空いているときはいつでも利用できた。

 

この大きなテーブルで食事。(写真は朝食)

夕食前に乾杯!! テーブルが大きくてグラスが届かないゃ。

中央の刺身の盛り合わせは板長からの差し入れ。早割があったり差し入れがあったりで・・・・なんてサービスのよい宿なのでしょう。感激した。 

プリンパパさん、ママさん。和服がお似合いのご夫婦です。美味しい食事を頂きながらいろいろな話題に盛り上がり楽しかった。わんこのひかるが元気だった頃からのネット友達で初対面だったが不思議なくらい昔馴染み・・・を感じた。 

 次々と創作和食の料理が運ばれて・・・・

      

 

今日のメインは和牛のすき焼き。この段階で、お腹はギブアップ状態だったが、せっかくの和牛だから・・・頂かなくては気が済まない私とオットット様。平らげました。

 

 

そして朝食。

 

  

 3日目の湯布院の宿を探していた。ネットで探すと部屋や食事が趣があってよさそうな宿がたくさんあった。が、値段が張る。二人分だと相当の出費・・・・・・ 

そんな折、Pパパさんから大阪のピースママさんが紹介してくれた宿があるとメールが届いた。さっそく、ネットで見て予約を入れた。すると格安な料金から更に早割サービスが受けられて驚いた。なんと20% off

Pパパさんに宿を予約した旨のメールを入れると、Pパパさんたちも同じ宿を予約したメールが届いた。 当初は私たちと同じ久住コテージで一泊し、その後仕事があるために福岡に戻る予定だったが休暇が取れたとのことで、なんと3日間の山歩きが実現。

初めてお会いするネット友達に3日間もお付き合いしてもらえるなんて・・・・

 

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最終日、10月27日

 

ガスがかかり、雨も降ってきそうな雰囲気だったが、せっかくだからと由布岳を案内してくれることになった。

 

10時30分

当初、登ることを予定していた山が下に見える。これで十分。満足!!

 

11時30分 山頂まであと400mの地点。霧が濃く、山頂からの見通しはよくないみたい。

 

 

ここから先は時間的に難しいとのことで記念撮影をして下山。

 

 

12時30分 麓に到着

 

 

由布岳の鮮やかに紅葉した木々の葉の落葉。

絨毯のようだったのが印象的だった。この後、山は一気に冬に向かうのだろう。

 

 

 

 

登山後期

当初は隣の小高い山に登る予定だったが、当日になり行けるところまで行こうということで由布岳に登ることになった。

昨日とは違い由布岳は霧の中。幸い雨も強くならずに山頂まであと、400m地点まで行くことができた。

なんていう幸せなのか。由布岳登山が出来た。帰りの山道で落葉した美しい絨毯を見た。

色鮮やかに紅葉して落葉したばかりなのだろう。山は一気に冬に向かいそう。

 

  

 

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10月26日

昨日、久住の山は快晴の中にあった。Pパパさんたちの計らいで予定を前倒しして25日に、久住の山歩きをしてもらった。ピーカンの青空で大正解だった。

26日、朝、久住コテージを出発して、ドライブをしながら案内してもらうことになった。

 

 

久住が大好きで、ガイドをしてくれたPパパさん、ママさんのおかげで、

有効にまわることが出来た。久住コテージにはオートキャンプ場もあり、久住の山を心行くまで楽しめそう。

 さっそく、行った場所は不思議な水の湧水場所。白水鉱泉というき出る水はなんと炭酸水。有料で持ち帰りができる。

 

 

次に向かったのはパワースポットとして有名な森の中。

透明できれいな水がこんこんとわき出ていた。

 

3番目は木々が生い茂る森の中。かくし水と言われ、森の奥にあった。おいしい水に満足、満足のPママさん。

私たちがに興味があるのを知ってか・・・・水を求めて3か所も案内してもらったことになる。m(__)m

 

 

山ガールのファッション、こういう感じだと山も楽しくなるね。

癒しの森では不思議な根っこ。大きな気を掴むように欅の木が立っていた。石にも木にも青々とした苔が。

ここがパワースポットといわれるゆえんで、この森が、豊富な水を含む生きた森だと実感した。

森は一気に晩秋に向かう。

色鮮やかな落ち葉を踏みしめて・・・・黙々と歩く。

歩くごとに命が洗われて体の中も清浄にされて行くような気分になる。

 

 

 

そのあと、九重(ここのえ) ”夢吊り橋”

   

高さ、長さにおいても日本一の吊り橋だそうで、この橋を渡って向こう側に行った。

私の”夢”がこうしてかなって幸せ絶好調!!

 

 

由布岳山麓へ

湯布院から見える由布岳の山麓まで行きました。折から下山してきた人たちに出会い、明日の計画を話した。

明日は帰宅する日。飛行機は最終に近い時間をとってあるけど・・・・

由布岳登山は無理みたいなので、隣の小高い山に登って由布岳を仰ごうということになった。

由布岳まで来られるなんて・・・・・なんて ハッピー 見られただけでも十分だった。

  

山頂の雲が晴れて私たちに挨拶をしてくれて、幸せを感じた瞬間だった。

 

観光客で賑わう湯布院へ

人気のある温泉は日曜日でもあり、混雑していた。風情のある温泉宿が目立つ。大きな宿はあまりないみたいだけど、懐かしく暖かみのある温泉地になっていて人気があるのもうなづける。

 

今夜の宿は湯布院の旅館です。

  

 

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2014年10月25日

 

牧ノ戸 登山口出発

お山は晴天 今日は一日中、お天気が続きそう。 ラッキー

つつじの群生地でも有名な久住山。登山口近くで撮影。

登山道はどこでも風景がとてもきれい。そして明るい。

 

 

Pパパさん先導で登山道を歩く。私のためにゆっくりとゆっくりと歩いてくれた。

 

真っ赤に紅葉した山が絨毯のように美しい。

いくつかのビューポイントでは、写真を撮るように教えてもらい、休憩をとってくれた。

歩き始めて約2時間。登る久住山が見えてきた。三角形の山が久住山。

下ってきた人とすれ違う山道。

約3時間、山頂へ到着。1786m 山頂はたくさんの人がいて賑わって標識を入れての記念撮影は順番待ち。

 

山頂からの眺望。

遠くの雲が私たちを取り巻くように円状になっているが不思議だった。

真上の空は雲ひとつない 快晴!! Pママさんも晴れ女。私も晴れ女。

晴れ女ダブルパワーでこの通りです。

山の名前を一つ一つ指しながら教えてくれるPパパさん。

そしてPママさん。スタイルは山ガールそのもの。素敵な山のファッションをパチリ!! 決まってます。

噴煙が出ている火山口。有毒ガスで木々も生えない。

 

結構きつかったなぁ~~。三角形をした山が久住山を振り返りながら下山。

午前中よりも色鮮やかな夕方の西日に映える紅葉。 

 

 

 

ススキの白い穂と紅葉。そして緑残る木々の葉、とてもきれいな山の秋。

 

とても参考になったお二人の山歩きのグッズやスタイル。仲良しカップル。見習いたいものです。

心に残る夕暮れ時の山。九州は夕暮れが1時間ほど遅いとかでゆったりと山歩きを楽しみました。

いつものように下山後のアイスクリームで乾杯!! ママさんもお付き合いをしてくれました。Pパパさんは甘党でないみたい。

運動した後の乳製品は骨や筋肉にとても効果あり。

 

 

 

登山後期

私たちの100名山歩きも一つ数が増えた。それも九州という離れた土地での山歩きだった。

快晴というお天気にも恵まれたのは、晴れ女パワーがダブルになったからと今でも思っている。何度も久住に行っているお二人にも経験のしたことのないようなお天気だったそうで、私も感激ひとしおでした。

この山歩きのために、何回も行っている場所なのに直前の9月にも下見に行ってくださったPパパさんママさんには感謝です。

福岡の中心にあるホテルまで車で迎えに来て下さり、山歩きの最中にはカメラマンもしてくれました。

おかげで私たち夫婦二人で写る記念撮影の写真が沢山増えました。

 

さっそく、Pパパさんご夫婦にお礼のメールをした。


 

Pパパさん今晩は。
3日間のお付き合いありがとうございました。
運転したり、登山したり・・・・本当にお疲れ様でした。
写真のアップ、早いですね。
さっそくダウンロードして見ましたょ。
私の顔も幸せホルモンがいっぱいでしょう?
オットットのパパも嬉しそう!!
ベテランのパパさんやママさんにお付き合いしてもらって光栄でした。


山歩き、紅葉、湧き水、ホットスポット、温泉、料理、星空、夢吊り橋・・・・


100点満点のてんてこもり山歩き3日間でした。
更に感激は晴れ女ママのダブルパワー
ピーカンの青空と青空を取り巻く白い雲の円はとても不思議な風景でしたね。
パパさん、ママさんの心配りの山歩き計画に感謝しています。
ママさんの人の円のお話も心に沁みました。
多難にも関わらず、『夢』の一つが実現できたこと嬉しく全てに感謝です。

私の映した写真もゆっくりですがアップいたします。
お楽しみに・・・・。

 

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福岡空港の上空を飛んでいるとき驚いた。飛行機はまるで市街地に着陸するかと思うほど建物の密集する辺りを低空で飛んでいたから。

まず、手に入れたガイドブックに沿って市内観光。空港の駅で地下鉄の乗り降り自由な切符を購入して、ホテルに向かった。

ホテルは地下鉄の中州川端の近くで便利だった。

 

向かったのは大濠公園。すでに4時過ぎ。九州の夕暮れは1時間くらい遅くてこれからも楽しめる。

福岡城址跡地。石垣に当時の城郭を想像させられる。軍仕官兵衛ゆかりの地。

  

閉館寸前に行った史跡 鴻臚館 (こうろかん)

昔、外国の大使などを接待する迎賓館のようなものらしい。一部復元し、史跡として保存している。

菅原道真公をまつっている水鏡天満宮。福岡市の中心、中洲のビル街にひっそりとたたずむ神社。学問の神様として有名な道真公にお参りして、ニィニィにお守り札をお土産にしました。今、彼は猛勉強中です。難しい試験が通りますように。

 

福岡市赤レンガ文化館  

東京駅を設計した辰野金吾が設計した建物。当時は生命保険会社の福岡支店として使用されていたとか。現在は資料館になっていて当時の調度品などが見られ自由に見学できる。

 

夜のために全景が映しにくかったので飾ってあった当時の建物の絵をクリックしてみてネ

 

 

旧福岡券公会堂貴賓館

明治時代に建築され、フレンチルネッサンスを基調とする木造建築として有名。

中州の繁華街。

 

博多おくんちで有名な櫛田神社。ちょうど祭りの期間中だった。

  

キャナルシティ博多

運河を中心にショップやホテル、レストラン、映画館、劇場などがある大型アミューズメント施設。噴水のショーが。もうすぐハロウィンだ。

 

福岡はもつ鍋、発祥の地だとか。市内を案内してくれた親切な女性がこれを食べるように教えてくれた。

繁華街で居酒屋を見つけて入ってみた。まずはもつなべ。

コリコリとしたもつが特徴でこの感触は初体験。ほかに焼き鳥というメニューを見て驚いたことに、

豚肉はもちろん、ししゃも、ウィンナー、いか、たこ・・・なんでも焼き鳥にしちゃう。それに皿には大切のキャベツがどっさりと載っているから驚いた。

 チョと飲んだお酒でほろ酔い状態。Pパパさんに電話して明日の予定を聞きました。ホテルまで車でお迎えに来てくれるそう。何から何までお世話になりそう。

福岡は大きな街なので見学する場所はたくさんあるのけど限られた時間内、私たちなりに精いっぱい歩き回ってみた。今回は切れなかったベイエリアなども 興味があったけど時間切れ・・・・・次回ですね。

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ハハ様の思いがけない骨折入院で私の”夢”の一つだった九州の山歩きがあやうくなった。

九州に住んでいるネット友達のPパパさんから山歩きのご招待を受けたのは昨年末だった。Pパパさんご夫妻は各地の百名山や有名な山に挑戦している。彼らとの同行登山は私にとっては無理なこと・・・・・そう思っていた。

Pパパさんのブログで久住(くじゅう)という、つつじのきれいな山を見たとき、九州の山歩きの 

 ”夢” が一つ増えた。その山は秋の紅葉も美しい。

夏が始まると九州山歩きの私のプロジェクトがスタートした。Pパパさんとメールを何回もやりとりして、着々と準備を重ねていた。

3泊4日 福岡、久住高原、湯布院 各地の宿とりが完了。大阪に住むピースママのお勧めの湯布院の宿は趣もあり素敵なので予約した。飛行機も格安で予約できた。

Pパパさんご夫婦も同じ宿を取ってくださり3日間の山歩きのネイチャーガイドも引き受けてくれた。

用意万端、準備が整った矢先、ハハ様骨折のハプニング発生。事情を説明して行けなくなるかもしれないとのお知らせをした。ぎりぎりまで飛行機や宿泊先のキャンセルはしないでつもりだが、早めにお伝えすればPパパさんたちのキャンセルも費用が掛からないと思ったから・・・・。

するとメールがPパパさんから届いた。ホッ!!とした。

『ひかるままが行けない場合にも、初めからPママと久住の山に行くつもりだからご心配なく。』とのこと・・・・・。

 

 

決めたことは守り実行する・・・・・私の信条もハハ様のハプニングで敢え無くポシャルところだったが、『願えば夢は叶う。』

好きな言葉の通り実現して嬉しかった。

てんてこもり山歩き3日間 

さっそく、Pパパさんにお礼のメールをした。

 

『Pパパさん今晩は。
3日間のお付き合いありがとうございました。
運転したり、登山したり・・・・本当にお疲れ様でした。
ベテランのパパさんやママさんにお付き合いしてもらって光栄でした。

山歩き、紅葉、湧き水、ホットスポット、温泉、料理、星空、夢吊り橋・・・・
100点満点のてんてこもり山歩き3日間でした。

更に感激は 晴れ女ママのダブルパワー
ピーカンの青空と青空を取り巻く白い雲の円はとても不思議な風景でしたね。
パパさん、ママさんの心配りの山歩き計画に感謝しています。
多難にも関わらず、『夢』の一つが実現できたこと嬉しく全てに感謝です。』

 

心地よい山歩きの疲れとハハ様の転院の件でブログ更新がなかなか思うとおりにならないけどゆっくりとアップすることにしようっと。 

 

 

 

ハハ様の手術も8日に無事に終えた。

高齢なので脊髄麻酔で手術をするはずだったが、手術中に動く可能性があるし、心臓は丈夫なので全身麻酔に切り替えた。

担当医は簡単な手術だから心配ないと思う・・・そうはいっても大たい骨の骨折はショックだった。

いまだに、いつ骨折したのかわからない。ハハ様の骨は非常にもろくこれからも要注意ということだ。

骨折した部分を削り人工骨を埋め、金属で固定する手術をした。術後、すぐにでも立てるらしいが、母様の場合は金属の固定部分が崩れる恐れがあるとのことでしっかり固まるまで1週間の安静が必要だった。

 

早く良くなりますように・・・・祈っているみたいなハハ様。元気になってね。

 

手術後、点滴していた手がパンパンに腫れて痛々しい。腕の包帯を緩めてもらったら翌日はもとに戻っていた。

手術後には骨を固定するために台座に両足を入れられていた。つなぎのパジャマもうっとおしいらしく脱ごうとするし、台座から片足を抜いて蹴飛ばし何回も看護婦さんに注意される。本人は認識がないから平気だけど看護婦さんから怒られると私がシュンとなってしまう。

よほど足をじっとさせているのが辛いのだろう。何度もこの動作を繰り返そうとする。足の台座は大切なものと看護婦さんから教えてもらってからは私はこの動作を止めるようにした。

 

蹴とばした台座をもとに戻すために、体位を変えると大きな声で悲鳴を上げる。忘れて又、蹴飛ばしてしまいまた、悲鳴。

 

腕もベルトで抑えられていたらしい、力任せに暴れたらしく手に青アザができている。

腰にもベルトが装着されてベッドから立ち上がらないようになっている。ハハ様は自由の身でないから辛いと思う。夜間に大騒ぎをして看護室に連れて行かれたり・・・・・苦しいんだよね。

毎日、病院へ出かけ食事などの介助をしていて感じるのは、その日によって反応が全く違い表情も違う。2~3日前は私のことも誰だかわからなかった。何とかハハ様の頭に刺激になることを言って認知症が進まないように励ましている。

進まない食事に好きなブドウでカロリー補給。 

  

病院の食事は入れ歯のためにおかゆが毎日。減塩食だから・・・・さらに味が薄くて食べにくい。

 

元気になって家に帰れるようになりたいね。

主治医が紹介してくれた整形外科はとても混んでいた。高齢者の患者が多かった。

受付でハハ様の症状を記入した。

『時間がかかりますが・・・』 と受付の女性が言った。

私 『どのくらい?』

受付 『2時間くらいだと思います。』

仕方ない。今日は金曜日だし出直すわけには行かないし・・・・・。

ハハ様を車椅子に乗せて隅のほうで待った。治療やマッサージの様子が待合室からも見えた。診察室は部屋になっていて先生に診てもらうのだ。それにしても高齢者の多いこと。

1時間くらい経った頃、『先生が緊急で診ると言ってます。』と看護士が来て言った。

診察室に入ると、医師はすぐレントゲンを撮ると言った。あらかじめ発症の具合や症状などを書いた書類から緊急を要するとのこと。

レントゲンの結果は大腿骨頸部骨折だった。そして手術を勧めた。

ハハ様は95歳。『高齢でも手術?』 

『今まで立って歩いていたのですから、元のように立てるようにしてあげたい。このままに放置したら完全に寝たきりになります。』 若い院長先生ははっきりと言った。

2,3か所の手術のできる病院のリストを見せてくれて紹介状を書きますと言い、救急搬送をすると言った。

ほどなく整形病院で手配してくれた救急車が到着した。隊員は担架にハハ様を乗せ、救急車に担架ごと乗せた。ほとんど振動もなく大したものだった。移動の痛みも感じずにハハ様は救急車に乗せられ、手際の良さは感心した。

私たち二人も同乗した救急車の内部は広くはないけど小さな診察室のようになっていた。脈拍や血圧、呼吸数、血液中の酸素濃度などを測定してくれた。そして現在飲んでいる薬の内容などを質問された。投薬内容は覚えきれないほどなので投薬リストを持参していたから、それを渡した。そして手術可能な救命病院に搬送された。

病院に到着するとすぐに複数の医師が待機していて手際よく診察室に運びこんだ。救命の待合室は広くて、災害や事故で大勢の負傷者が運びこまれても対応できるようにあちこちに酸素が出る器具などが設置されていた。

ここでトリアージが行われ生死の選択が行われることになるのかもしれない・・・・・病院は怪我や病気を治療してもらうだけでなくて死ぬ場所にもなるのだと否応なしに感じた。近くに霊安室が設置されているのがわかった。

結果、やはり骨折。大腿骨の脛骨骨折。治療は骨折部を削り人工骨を挿入し支えるために金属を取り付けるという。近くの整形病院の院長先生と同じように骨折前の状態にしてあげたい・・・・・そう言われた。

 

 

 

9月29日の夜、トイレで立てなくなったハハ様を見たときまさか骨折とは思わなかった。あちこちが痛い。特に首が・・・。主治医もあちこちが痛い骨折は考えられないと言っていた。高齢者の場合、特に女性は体をひねっただけでも骨折することがあるらしい。ハハ様もトイレで腰をひねったのかもしれない。あちこちが痛い・・・。主治医もあちこち痛がるハハ様なので骨折は考えられなかったのだろう。内科的に風邪で熱があり、筋肉、関節痛と思ったのだろう。

こういった場合、自分から救急車を呼んだほうが良かったかしら・・・・と思うもののケアマや主治医などがいつもハハ様のことを気遣ってくれている。私もちょっとしたぎっくり腰と思ったから、ケアマや主治医の判断を伺いたいと判断した結果だった。

転んだのを見ていたら骨折も疑ったのかもしれないが、ハハ様の場合トイレに座って立てなくなり気付いた。日ごろから腰痛が持病になっていたハハ様だからぎっくり腰にでもなったかしらと思えた。入院に際しても手続きがいろいろあって・・・・・一人暮らしの高齢者はこういう場合はどうするのだろうと思った。

 

 

 

 

先月の29日(日)のことだった。

ハハ様はトイレで立ち上がれなくなって腰、足、腕、首・・あちこちが痛いとのこと。 

翌朝 ケアマに連絡してこういう時はどうしたら良いか尋ねた。ケアマは主治医に連絡するように言った。主治医は「あちこち痛む?それなら連れてきてください。」と言う。

血液検査で骨折などもわかるとか・・・・

結果、血液中には骨折や筋肉痛によって増える物質は何もない。風邪症状があるからと痛み止めと抗生剤を2日間分処方され様子を見るように言われた。内科が専門である主治医は風邪の熱が関節痛、筋肉痛の原因で、いろいろな個所が痛む骨折は考えられないと言った。

2日後の10月1日(水)に、痛みも取れず微熱もあるので医師に又、相談に行った。やはり風邪と言い、更に二日分の薬を処方された。

最初は首や腕なども痛いと言っていたハハ様だが次第に痛い部位が限定されてきた。左足の腰の付け根あたりが一番に痛がった。

10月3日(金) 又、オットット様に休んでもらい、主治医に連れて行った。今度こそ一日がかりでも痛む本当の原因を突き止める何とかして痛みを取り除いてあげたかった。トイレ通いなどの介護が痛むので大変だし・・・・痛みを何とかして治療してあげたい。

診察台に寝かせ、痛いほうの足を触診したり付け根を念入りに目で調べてくれた。

主治医は「外見では骨折はしている様子がない。骨折の痛みははこんなものでない。患部も腫れて内出血なども見られるはずだ。脱臼もしている様子もない。」 そう言った。

『もうしばらく様子見ますか?』・・・・・『?????』 私は、どうしても痛みの原因を調べてもらいたいので整形外科を紹介してくれるように頼んだら近くの整形を教えてくれた。

動かすと痛がるハハ様を車に乗せて移動するのはとても大変だった。9月29日からすでに5日たっている。体が小さくて体重も軽いハハ様だがオットット様と二人がかりでも汗だくになるほどだ。痛がるからなおさら神経も使う。

セカンドオピニオンを取るためにハハ様を車に乗せて整形外科に連れて行った。こういう時、車を運転できない私はとても不自由だ。何かの時はタクシーなどを使えばよいと思っていたもののやはり、オットット様だから安心して乗せてもらえるのだろう。

再々雇用で働き方がとても楽になった早々に病院通いが頻繁に始まるような雰囲気でオットット様の出番が増えそう。本当に助かりますが・・・・。

 

 

 

 

 

 

秋のお彼岸にハハ様をお参りに連れて行くことが出来た。

『もうこれが最後だ。』 ハハ様の口癖になっていた。

もしかして本当に最後かも・・・・そう思うほどハハ様の体力が落ちて来ていたのを感じていた。

「何も出来なくなったのだから、死んだほうがいい。』 何故こんな風に思うのかハハ様は自分の生命力を恨むようなことを言う時があり、私もそういうときは何とも気が重い。

 

5月の血液検査でカリウムが不足しているのがわかりアスパラカリウム錠が処方され、飲み薬が増えた。カリウムが不足すると筋肉の低下などを引き起こすらしい。

飲んで2か月くらいたったころから、食欲も出てきて足腰の力が復活した。今回のお墓参りで元気に歩く姿を確認した。

 

『おばあちゃん、食欲もあるし、足腰もしっかりだし、しばらく大丈夫みたいだね。』 オットット様と話をした。

9月のケアマの訪問日には、はしゃぐように多弁になっていて、担当のケアマも驚いていた。

元気に回復してきたそのハハ様が、トイレで突然に立てなくなった。オットット様と二人がかりで部屋まで運んだ。腕や肩、腰や足・・・さまざまな個所が痛いと。 

 

 

この記事は書いたままアップするのが遅れました。