この頃、自由に外出できない日が続く。家にいても出来ること何かないかなぁ~~~
以前、私にも縫えそうかしらと思い手に入れた本だが・・・・忘れていた。家にいることが多くなった今、縫物でもしようかしら・・・・・

型紙をとるのもあれこれと悩む。
S~LLサイズの実物大型紙ついているけど・・・どうやって型紙を写そうか、まず悩む。昔、ハハ様は新聞紙で型紙を写していたが・・・・・
あれこれ考えて、使い捨ての不織布のシーツがあった。型紙に置くとなんと下の図が写るではないか。
本の中から一番、作りやすそうなハーフパンツを作ってみることにした。これは本にある見本で、後ろにポケット、ウェストはリボン。真夏の家庭着にいいみたい。

丈を10cmくらい伸ばしてひざ下の丈にした。
布は夏用の麻と綿の混紡だから涼しいと思う。
ミシンを出して・・・・縫おうとしたけど糸の通し方を忘れた。ミシンの取り説を出してフムフム・・・・なんとか、下糸も上糸も通すことができた。
まずは、ジグザグで布の周囲の断ち目かがりいということでいくつかのパターンがあるけど・・・どれを選んだらよいのか?直線縫いはわかるけどジグザグは?? 針はどうするの? 抑えは? 針板は? 一つ一つ説明書を見ながら進む。
裁ち目の始末にはオーバーロック とか ダブルオーバーロック などと説明書にはある。結果 点線ジグザグ縫いを選んで裁ち目かがりをすることにした。
この機能があれば始末が楽。布でくるんだり伏せ縫いをしなくて済むから。
前後の見頃を縫い合わせ、またぐりを縫い合わせたら何とかパンツらしくなってきた。ここまでにも苦労がいっぱい。前後の布の裏表を間違えて縫い合わせたり・・・失敗の連続!!
ウェスト部分は紐通しのボタンホールを縫う。またも取り説を調べる。ボタンホール用の抑えの付け方がわからない。書いてある説明が良く分からない。ようやくミシンのセットが終わり試すと・・・・
ミシンが動かないで警報が鳴る???困った!!(-_-;)
日を改めて再度、挑戦!! なんとボタンホールをするときにはボタンホールレバーという棒のようなものを引き下ろさなければならないのが解り、まずは印通りの位置にボタンホールが出来上がるように別布で試し縫い。なかなか印通りの位置に出来上がらないので苦労!!何回かの練習の後、
やっとこさ二つのボタンホールがきちんと出来上がった。ほっとしたところでウェスト部分を縫いつけると、布がずいぶん長く余った!!!???? なんと裾に縫つけてしまった。(^^ゞ
何とか出来上がったパンツ。リネン紐を通すと本に書いてあったのでその通りにしたけど・・・・ウェストの辺り、紐だけでは頼りないのでゴムも通してみた。
履いてみたらまずまずのはきごこちで、麻と綿が素肌に気持ち良い。ウェストの部分がゴムと紐なのがちょっといまいち。今度は見返しを付けてファスナーをとりつける練習をしなければと思う。

裾にレースを付けて見た。評判が悪ければ取り外しが出来る。


独り言
ハハ様はミシンがけのプロだった。
ハハ様が若い頃は被服省という役所で働いていた。又、南極越冬隊のヤッケやその他の服を縫っていたこともある。テントやリュックサックのいわゆる重布などを縫っていた。
又、紳士服店で働きディックミネという歌手の背広やオーバーコートを注文で縫っていたこともある。
ハハ様は、家庭に入ってもミシン一つで家庭を支えられるほどだった。妹や私のワンピースやブラウスを縫うのはお手の物。小学生の頃、スキー用のアノラックなどは店でも余り扱っていなかったけど、私はスケートをする時用に赤いアノラックを作ってもらった。
ツルツルとしている生地に綿を薄く置き別布を乗せてミシンで抑えてアノラック用の布を作った。今のキルティングだ。それを見てご近所さんがお嬢さんのスキー用のアノラックなど注文しに来たものだった。
ハハ様のミシンは工業用ミシンで恐ろしく速く動く。そして分厚い布も楽々に縫うことが出来た。そのミシンはハハ様が結婚するときに父親(私の祖父)からプレゼントしてもらったとか。ハハ様の弟は家を作ってもらい、ハハ様はミシン。当時はミシンは相当値打ちがあったらしい。
そのミシンもハハ様の頭脳と同じように次第に動きが悪くなり、認知症が発覚する頃には、まったく動かなくなってしまった。ハハ様はそれを廃品として処理した。
そのあとでも縫物をしたがったハハ様のために今のミシンを購入したが・・・・新しいミシンの使い方がなかなか馴染めず、いつしか押し入れの片隅に置きやられてしまった。
学生時代、私は洋裁は苦手だった。家庭科でパジャマを作ったりスカートを作ったりしたとき、ハハ様は私のミシンがけが気に入らず、縫い目をほどいて縫い直しをした。そして学校では教えない手法を交えて縫い上げた。まるで買ったもののように。
私は縫い方が違うとこうも出来栄えが違うのだと身を持て味わった。あれ以来、さらに洋裁は嫌いになった。
今、嫌いだった縫物をハハ様が全く縫えなくなってしまった縫物を私がしている。いろいろな個所で戸惑いながら・・・・元気だったハハ様のもっと縫い方を教えてもらっておけばよかった。基本やちょっとしたコツなどを教えてもらっておけばよかった。そうしたら今頃は、私は衣類をほとんど縫うことが出来たかもしれない。