昨年、種子から育てたビオラ。

小さくてポリポットに入ったままだけど・・・・・可愛い花が一つ開いた。

今が一番寒い季節だけど確実にが近づいていることを感じるなぁ~~。




 

こんなブロッコリーを収穫した。

苗を植えたときには想像もしない形でビックリ!!

半分に切り小房に分けてゆでて普通に食べてみたら・・・・・案外と美味しかった。

ブロッコリーでなくて・・・カリフラワーだと、オットット様が言っています。

ほんとかな?

 

 

東浦和から徒歩15分くらいの中華料理屋さんで新年会があることになり、知らない場所なので事前に歩いて確かめることにした。

 

武蔵野線の東浦和駅から歩き、浅間神社という小さな祠のある神社を見つけた。喜仙という中華料理屋が近くにある。ここで家族会の新年会がある。

 

そこから少し歩くと、見慣れた風景が。もしかしてハハ様のいる施設につながっているかもしれないと思い歩いてみることにした。

桜の並木が左手の用水沿いにずっと続いている。

 

 

見沼氷川公園。ここは以前、別ルートで来たことがあるので懐かしく思えた。



 

この公園は『案山子』の歌の発祥地としてかかしの銅像があり、歌碑もあった。

へぇ~~この案山子、顔が人のようにはっきりしているのに手足は案山子。ちょっと怖いけど・・・・

 

 

昔、この地の灌漑開拓がなされることになった。このあたりの農民たちは女体神社に灌漑によって豊かな見沼の地が壊されないようにと祈った。

女体神社への祈りが届き、↓ のような池が出来上がったとか。

用水に赤い橋がかかり小高い場所に女体神社がある。珍しく混雑していた。

お参りするにのにおおぜいの人が列を作って待って居た。


 

立派なお社の屋根は地元の有志により最近、補修されたばかり。

 

人形に願いことを込め、かなった折には着物を着せて奉納するという氷川女体神社。

 

着物を着た、沢山の人形が奉納されていた。いろいろな願い事がかなったあかしかもしれない。



 

神社の近くの川沿いにグッ!!と心に響く言葉がかかれたお地蔵さまを見っけ。

楽は苦の種 苦は楽の種   一徳 


本当にそう思えることがしばしばあるから心を引き締めてせいぜい歩くことで将来の健康に備えましょうと思う。

そして、ハハ様のいる施設があり、さらに見慣れた風景が広がる。ここからはいつも歩いている慣れた道。


 

私立病院を左手に見ながら見沼を歩き、山崎にあるマミーマートに立ち寄り、イートインで遅いランチとお茶。

県立西高校まで歩き、そのまま与野駅に向かい自宅へ。

 

この日、楽しみながら歩いた歩数は22250歩。

冬枯れの季節が過ぎて春が訪れる頃、見沼は新しい草木が息吹き、きれいな季節になるだろう。

その頃、又、一周するくらい歩きたいと思う。

 

 

与野本町から埼京線で武蔵浦和、武蔵野線に乗り換え東浦和で下車。駅から歩いて自宅まで戻るコースでした。

興味ある方は地図をクリックしてみてください。

 

穏やかなお正月だった。

余りにお天気が良いしニィニィはやっぱりお友達と出かけたし・・・・

オットット様と初登りをすることにした。

いつもの大霧山。秩父高原牧場に車を置き、そこから歩いた。

 

 

いつものように日本水(やまとみず)を汲み、初詣に釜山神社を選んだ。

誰もいない静かな参道を歩き、

静かな社殿にお参りした。

 

社務所でおみくじを引き、お守りも買った。

ガヤガヤと賑わう人の多い場所よりもこういうところが好きなのかもしれないなぁ~と思う。

今年も楽しく元気に山歩きが出来ますようにと山の中の神社で祈った。

 

 

 

 

ニィニィがスキー旅行に行かない元日だった。

どうしたの?って思ったり、ちょっと嬉しかったり・・・・複雑。

そんなわけで大みそかは食材を追加しにスーパーに走った。

食欲旺盛なニィニィのためにローストビーフや豚の角煮などを新たに追加した。

大みそかは手作りのおせちを食べ、年越しそばも食べた。

なんだか普通の習慣がとても懐かしく思える。

 

元日の朝にはお雑煮も食べた。皆で元朝参りにも行き、これも普通に過ごした。

 

ハハ様は元日だと言うのに目覚めない。無理に起こそうとすると不機嫌になり、又、眠る。

大みそかの日、ハイな気分で眠らなかったらしい。

連れて帰ってお正月くらい家で過ごさせてあげたいけど・・・・いろいろ考えるとムリだし・・・・

それで家族全員が施設にそろったわけ。

写真は施設の職員さんに映して頂いた。

 

ニィニィがいるお正月は何年ぶりだろう。もしかして20年近くかもしれない。

我が家はこれしか人数がいないと思うと淋しくもあったけど親子水入らず、他人の入らない本当に気楽な元旦だった。

 

 

 



 

 

新しい年の日常がスタートしました。

穏やかな天気に恵まれた年初のように平和で明るい年になりますようにと毎年、祈ります。

皆様におかれても健康で楽しく毎日が送れますよう心より願っています。

 

 

 

 

新しい年がもうすぐ・・・・簡単に掃除をして2017年のカレンダーを壁に。

絵手紙のグループの手作りカレンダーで友達が描いたもの。

 

お正月用のお飾りも玄関にかけて・・・・・これ、自作。友達に教えてもらい豪華(?)な玄関飾りが出来上がった。唯一、我が家の晴れ晴れしいお正月だ。

 

年賀状も書き終えたし・・・

 

お正月用の常備食も作った。

庭になったゆずの実で作ったジャムは、風邪予防にもなるし、オモチに飽きたらヨーグルトやシリアルにかけたり・・・・。

赤い大根の甘酢漬け。

大根、ニンジン、ハス、玉ねぎなどのマリネ漬け。ゆずや畑でとれた赤唐辛子もいれてちょい辛。

野菜不足が補えて重宝しそう。

 

 

ハハ様は施設だし、ニィニィはいつもスキーや温泉に行くから我が家のお正月は淋しいもんだ。

半面、オットット様とまるで新婚時代のやり直しみたい。

おままごとみたいなお料理で済んでしまうから、楽ちん。← 負け惜しみに思えるかな?

年末に大忙しの人が多い中、いつもの日の延長で新しい年を迎えるだけ・・・・・

 

12月にはクリスマス会やクリスマスコンサート、映画に行ったり忘年会もいくつか・・・・

楽しい年末を過ごすことが出来、明るく過ごすことが出来ました。

2016年、おかげさまで良い年で終わりそうです。

 

皆さまも、楽しい新年をお迎えくださいませ。m(__)m

 

 

 

 

 

 

寒くなってくると戸外に置いてあるラン達が気になる。

ランは暖かい環境を好むが、デンドロビュームは冬の寒さに当たらないと花芽が付かず春にに花を咲かすことが出来ない。

この時期、気温が気になり室内に入れる時期を見計らっている。

気温が4度以下になって地面に霜が降りたのを確認して取り入れる予定。2~3回、霜の降りる日を確認するまでベランダに置いておこう。


今年の春に高芽にミズゴケを撒きつけて育てた、1年目のデンドロビューム。

若い枝だけどポチポチとしている花芽らしいものを付けている。これが花になるか髙芽になるか。

”頑張るんだよ” と応援したくなる。

 

シンビジュームにはもうつぼみも大きくなってきて花が咲きそう。同様なのが3本ある。

鉢をバケツの水に付けて鉢の中に住んでいる虫を追い出し室内に入れよう。

1月には可愛いピンクの花を咲かせてくれるだろう。

 

 

 

畑を借りるようになって、プロの野菜作りに興味を持った。

たまたま見つけた見事な畑、そこで働いていた中高年の男性が私たちの師匠。

彼のように野菜作りはもちろん出来ないけどいろいろな話をしながら作り方を教えてもらっている。

 

私たちのために美味しそうな野菜を選んでくれる。同じように育てても、師匠に言わせると少し味が違うから・・・・。時に虫がいたりもするけど、それは農薬を余り使用していない証拠と私は思う。

肥料も有機肥料をふんだんに使うから、野菜の味が違う。

 

特にキャベツ。師匠は種子作りもしていて用途にあうキャベツを作っているとか。

私の目にはどちらも一緒に見える。そう伝えたら・・・・葉をとって来て説明してくれた。

右は普通のキャベツで野菜炒めや煮物向き。左はサラダ用。

サラダ用は最近、消費者から好まれるそう。食感がレタスのようでパリパリとしている。

葉の葉脈が細かくとても繊細に見える。

説明してもらって違いが分かった。そう言えば師匠から購入したキャベツは水分が多くて、塩漬けにしたら驚くほど水分が出た。常温で3日くらい置き、適度に酸味が出てきたら冷蔵庫保存して常備菜としている。乳酸菌が沢山増えて、健康効果も大きいらしい。



 

師匠からたくさんの野菜を購入して来た。ご近所さんにおすそ分けをしたら、私たちが作ったものと誤解された。オットット様は否定しないで笑っているだけ・・・・・。あは~~~~~。

11月の中旬、施設かハハ様が高熱を出しているとの電話が入り、翌日も熱は下がらないので医者に行くことになった。

処方された薬を受け取り帰ろうとしたら・・・・まさかの入院。というより又、入院。

血液検査の結果が良くなくて抗生物質を入れた点滴をしばらくすることになった。

ESBLという耐性菌が見つかったそう。

輸液も以前より入りにくくなって、腕や足のあちこちに針を刺される。その箇所が驚くほど腫れあがり場所を変えるが、またそこも腫れあがる。

高齢の血管は以前よりもろくなっているのだろう。

点滴の針を刺す場所がなくなると・・・・太い血管を切ってそこから点滴をするらしい。それもうまくいかないようになると喉や胃に穴をあけて栄養物を注入するらしい。

痛い治療を嫌がり暴れたり暴言を吐いていたらしいが、最近ではすっかり諦めておとなしくなってしまったと看護婦さんが言う。それを聞くと心が痛みもう治療はいらない・・・・そんな気持ちにもなっていた。

 

 

そして医者から病状についての説明があると言われ家族が病院に集まった。

何を医師から伝えられるのか・・・・

 

以前の入院の後、元の施設に戻ったものの食事が取れなくなり、このままでは『1週間か10日で命は尽きる』と施設から告げられた。

ハハ様の看取りのチーム。看護師や介護士、そしてケアマネなど約5~6名で責任を持ってハハ様の最期を看取ってくれるとのことだった。

あの時は、ハハ様の誕生日でもあり看取りの同意書に日付を入れることが出来なかった。食事のとれないハハ様に最後の点滴をお願いした。

そしたら・・・・・なんと、ハハ様は回復して常食まで食べられるようになった。

奇跡とでもいう生命力を感じた。

 

2度も奇跡が起こって欲しい・・・・そう言う気持ちで医師の説明会に臨んだ。

すると、病院にこのままいると精神的にも良い状態でないので施設に戻った方が良いとのことでいきなり退院の話になり意外だった。

うまく輸液が入らない状態だから何を言われるかと恐れていたから。

又、ハハ様の生命力の強さを感じる瞬間だった。