向こうにいた人とこちらにいた人が
こらえるような笑いをうかべて重なる時に
笑顔が溢れ出す瞬間を久々にみた

母親が「もうあんな風に人を待つことないんだろうな」と羨ましがる

おそらく付き合っているふたりだろう



ふと自分も「待つ」ことを
しなくなったと思った


今の時代が悪いんじゃない


ただ、ある日友達と連絡がつかなくて
2、3時間

似合わないカフェで苦すぎたコーヒーを
吸い殻になったたばこを
しおりが進んだ本を


嫌いじゃないなと思ったのだよ


もったいないようで
誰かに時間を使う「待つ」行為は
たまにはいいんでねーのと思った



月末に回線が遅くなるのに
イライラしてしまう自分が憎いね








フェリーで島に上陸し、足を進めると

一周およそ4キロもない小さな島は何羽ものうさぎでにぎわっていた。




今や国民的な休暇村「うさぎ島」として有名になりつつあるこの場所は、

広島市外から車で1時間ほど離れたところにある、大久野島という離島だ。


日曜日に冬らしくない暖かさが重なったせいか、観光客でにぎわっている。





しかし、この中の何人がこの島でつくられていたものの存在を知っているのだろうか。

かつて、国際社会で禁止されていた毒ガスの製造をひそかに行っていたのがこの大久野島だった。


愛らしいうさぎが住む島の姿とは裏腹に、島の中には砲台跡、発電場、毒ガス貯蔵庫など

当時を語るものがまだわずかに残っている。





真上にあがった太陽に反射して煌めく海とは少し離れた所に、

小さくぽつんと毒ガス資料館が影をなしていた。

足を踏み入れる人はまばらであったが、中には外国の観光客の姿もあった。


昭和4年に日本陸軍の毒ガス工場として設置され、

終戦後米軍により破壊されるまでこの島は「毒ガス島」として殺人兵器を民間人がつくっていた。

そのなかには17歳の学生たちの姿もあった。



第一次世界大戦、第二次世界大戦と戦乱が続いた時代の渦中であっても、

むごらしく死に追いやる毒ガスは、ジュネーブ条約によって国際的にも禁止されていた。


そのため、この島は「存在しない島」として地図上から消されていた時代があった。

まさか自分たちがそんな恐ろしいものを作らされているとは知らずに、

いないものとして扱われていた人たちがいたことを忘れてはならない。



その身を守る作業服も展示されていたが、あまりにも簡易で

雨水を避けるためのあの合羽とかわりない姿であった。


完全防備とは名ばかりで、その隙間からガスが浸透し、

作業員の中には皮膚炎や肺炎、気管支炎を引き起こすものもいたそうだ。


治療法も酢で消毒する以外なかった。



そのほかにも和紙をつなぎあわせた風船に、爆弾をとりつける

風船爆弾という兵器もつくられていた。

果たしてアメリカ兵に届くかもわからぬ「風船」をつくるしかない状況になっても

戦い続けなければならなかった当時の状況が目に浮かんでくるようだった。





ヒロシマ・ナガサキとして、原子力爆弾の被害地として有名になってしまった土地で、

まさか同様に人を苦しめるものが製造されていたことを知っている人は少ないだろう。



今回戦後70年として、各種メディアによって戦争の悲惨さが報道されていた。

しかし、日本がしてしまったことに対しての報道は少なかったように感じる。





この島で製造された毒ガスは、いまだに中国などの工事現場から、出土されることもあるという。

そのため、戦争を経験していないひとたちがその被害にあり、死亡してしまったケースもあった。




まだ完璧に「終戦」と呼ぶことはできないのだと今回痛感した。






うさぎがたくさん住み着いているのには諸説があるが、

平和のために離されたものが繁殖したというのが有力だという。




そのうさぎに注目が浴びられることは悪いことではない。

しかし、かつての痛ましい姿に至った経緯を伝えることの必要性も感じる。




うさぎ島を目当てに訪れた人が、

少しでも知ってくれればと願いながら日が落ちる島を後にした。


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部活のOBOGで飲んでいるとふと思うことがあった。


22年間生きていると、

だんだん人間関係の中での自分の立ち位置がみえてくる。



その立ち位置のひとつが「リーダー」だ。





よく、いいリーダとは・・・っていうのが語られると思うけれど、

私が思ういいリーダーというのは「嫌われるリーダー」だと思っていた。



やっぱり、集団の中で正しい方向に導いていく人っているのは少なからず嫌われ役だと思う。



例えば、部活でいえばきついメニューを言わなくちゃいけなかったり、

真面目にやるように促したり。やっぱり、嫌われる。




「嫌われる勇気」なんてのが流行ったけれど、そうとう勇気がいると思うんだ。





スポーツでも会社の経営でも何か実績がある人っていうのは、

例えまとめる力がどうであれ、皆は納得してついていけると思う。



ただ、その人が「個」ですごい部分と「集団」で出す力っていうのは違ってくる。

みんながみんなその人と同じようにできるわけではないだろうから。









話がそれてしまったけれど、なんでこんなことを書きたいのかと思ったのは、

ふと「監督」とか「顧問」っていうのはすごいなぁとつくづく思ったからだ。







部活の部長は実際に自分もやらなくちゃいけない部分もあるから

(たとえば練習のメニューとかね)説得力がでてくる。



ただ、監督とか顧問っていうのは、自分が一緒にやるわけではないから

もうそれだけで嫌われちゃう。


自然と嫌われるポジションになってしまうんだなぁと思った。





サークルの部長なんてのも大変そうだ。

真面目にやりたい人と、楽しんでやりたいだけの人がいるから、

どうやってまとめてきたのだろうと気になる。




自分がまとめる集団をみて、どうやってやっていくのがベストなのか探らなくちゃいけない。







アメリカの大統領選もそういう感じでみてみると、少し近く感じる。